Wonderland Seeker

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《Ride On The City》-硝子色の夕空- part27

痛い光、目が眩む朝日を塗り潰して黒に変えたら、醜ささえ闇に溶けるだろう。
聖書なんて必要ない。
the DIRTY butterfly which influencens all.
ツバサ広げた。
この世が嘘だと信じ、全てを欺いてきた。
今更もう戻れない、未来も踏みにじる。

そして……

-弓形(ゆみなり)の島-

アリス「ボクを呼んでいたのはおぬしか?」
天女の羽衣を羽織った麗しき美女に声を掛けてみる。さっきまでの薄気味悪いモジョモジョとした這われるような感覚はどこか消え失せ、その代わりに目の前に広がったのはただただ緑に囲まれただけの自然の景観。それもよく目を凝らせば全部がアルファベットのC形状に模られた草花が咲いており、一見綺麗に映りながらもどこか奇妙で現実味のない世界に訪れたのだと否が応でも実感させられた。そんな空間のセンターに一輪の華がごとく優雅に揺らめく天女が、一切逸れもせずにじっと張りついた視線をボクに向けていたのである。声を掛けてみたというよりは、声を掛けざるを得なかったと誘われた表現の方が正しい。
その天女はボクが呼応したと同時に、生えているはずの四肢を全く動かすことなく揚げられた凧の糸よろしく羽衣一つだけさざめかせて、こちらまでヌルリと近づいてくればのっぺらと貼り付いた笑顔で名乗ったのである。

「わたしはクレセリア。三日月の化身ですの。」

一呼吸置く間もなくボクに喋らせるいとまなど与えないまま、立て続けに告げられる。

「そなたの大切なお方は今、無間の悪夢に苛まされております」

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-知識の湖-(スキエンティア)

6号「爆炎の魔女・目覚めの旋律---」
あれだけ激しい頭痛に耐え切れずにぷっつんと意識が途絶えてしまったというのに、なぜだか目覚めてみれば名湯たるともしび温泉に浸かった瞬間にも似た、そんな解放感に溢れた清々しい快感で全身が満たされていました。さて目前の景色は、透き通った湖がただひとつぽつんと浮かぶだけで、周りはまるでパノラマの中に入り込んでしまったような非現実感に囲まれておりました。
どかんと一発、我がエクスプロージョンでも景気よく打ち込んでやったら一体どうなるのでしょうね?なんて悪戯心が芽生えるくらいには余裕を取り戻せました。そんな折です、湖の中から神秘的な黄金の光が射しこんできたではありませんか!

ユクシー「ようこそ。知識まみれの日陰の少女よ」


なにやら召喚獣のような妖精からセンスまみれの渾名で呼ばれてしまいました、悪い気はしませんね。その口ぶりからしてこちらのことは認識されていて間違いないでしょう。
6号「知識はどれだけあってもいいですからね」

ユクシー「自分は知識を司るUMAがひとり、ユクシー。時間の神と空間の神を求めし童女の想いに導かれて参った……其方には役割を与えん」

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-感情の湖-(アフェクトゥス)

ビアンカ「はぅ~……いててだよ~」
関節という関節からバキバキと音を立てながら起き上がって最初に瞳に入った風景に思わず吸い込まれそうになっちゃって、ちょっとした痛みとか心配なんて吹き飛んじゃう絶景が広がっていたの!
ビアンカ「わぁ、綺麗!」
だってそこには透き通った青色の湖水が広がっていたんだから!
遮るものが360度なんにもない鏡張りの湖は、まるで幻想的な絵画の中に迷い込んだよう。リースお姉ちゃんを連れて一緒にここでカフェテリアを楽しめたら夢みたいにふわふわできちゃいそう。ふと自分の姿がはっきりと反射されるその透明度を見ていると、なんだか自分がもう1人いるようで……。

エムリット「君の心はSo Motto Do Do!」

ビアンカ「びっくりしたぁー!!」
じょいふるに活気満ちた声が耳元にいきなり響き渡ってきて、その急激な温度差のおかげでメグちゃんに負けず劣らずのパワフルな妖精さんが居たことに気付くまでタイムラグが起きちゃったよ。
「自分は感情を司るUMAエムリット!エミリーって呼んでね!!」
エミリーの声があんまりにもおっきすぎて、お仕事用の耳栓を咄嗟につけたんだけどそれでも貫通されてきた。そんなワンダーチックなビジュアルから発されるとギャップ飛び超えてRIPしちゃう人まで出てきちゃうってば。
ビアンカ「よろしくね、ビアンカだよ」

エムリット「なんとぉ!!!キミには可及的早速急速迅速に使命がある!迷い込んだ童話ガールを助けられるのはキミしかいなあああああああい!!!」

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-意思の湖-(ウォルンタース)

モンスメグ「見える、視える、み得る!そこにいるんだね兄弟☆」
アグノム「神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くものめ……空気を読むべきだろう常考

モンスメグ「メグちゃんアイの前で隠しごとなんて1000年早い★」
アグノム「自分は意思を司るUMAがひとり、アグノム……いいや、今更名乗る必要もあるまいて常考
モンスメグ「緊急配信回しちゃお!アーカイブ残しません・未確認生命体と出会ってみた☆ゆまま、ゆまま、ゆっまま♬」
アグノム「話を聞くべきであろう常考……よいわ、勝手に進めてしまうぞ」

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UMAトリオ『キミにはこれから金剛神・ディアルガと白珠神・パルキアを封じてある赤い鎖を解いてもらう!試練をかいくぐった暁には現実へと帰そう!』
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-ナイトメア-

ようこそムーンサイドへ。
 ようこそムーンサイドへ。
 ムよーンサうイこドそへ。
ようこそムーンサイドへ。
 ようこそ、ムー、ムー、
 ムーンサ、ンサ、ンサ
 ンサ…ンサイドへ。
よう、こそムー、そムー、ンサイ、ンサイ、ンサイ…ドへ。


グレアット「……っ!……?…………っ…………っ!!

最初に変になったのは、声。それから背中と整えられた指先。確かに唇を動かしている感触も、翼を動かしている躍動も、指を動かしている感覚だってあるのに、どれもまるで人形にされてしまったかのようで、びくとも動かすことが出来ませんっ。

それは何者かによる仕業?
それとも得体のしれない恐怖心から?

私が恐れているというのっ?怖がっているというでもいうのっ?
いったいなにを、なにから、なにに対してっ?

その正体はドクンドクンドクンドクンと……私の心の内を見透かしている悪夢の始まりだったのでしたっ。

黒色のそれを表現するにしては、漆黒・暗黒・椎黒だなんてありふれた言葉ではあんまりにも安っぽすぎて……この世界に存在する物質で例えるならベンタブラックが一番近いかもしれませんが、兎にも角にもそのダークマターが私の自由を奪っているに他在りませんっ!

《貴女-きじょ-のなかに闇が眠っているのを感じるのだ……》

胸の内から鼓動のように聴こえてきたのは、それでした。
私の中に闇ですって?……神聖なる信仰を掲げて世界に春を告げるこの私にとって相反する存在そのものじゃないですか、一体何が言いたいのかさっぱり分かりませんっ

《オレの名はダークライ誰しもが心の隙間に棲まわせている魔物から悪夢を見せる存在……神光の不死鳥であれど例外では無い》

ダークライ……私のことを知っているということは、七英雄かその方達に準ずるレベルのポケモンと思って間違いないですね。悪夢かなにかなんて知りませんが、そのような現象に屈するような私ではありませんよっ。

七英雄……そうか、奴等の陰謀に翻弄されたクチか。情けないな、貴女ともあろう者がいっときの感情に流されるとは》

どうやら私の心を読んでいるみたい、ということは身体が動かせないのもこの方の仕業ですね。いっときの感情が何のことを指しているのかまでは読めませんが、こちら側の記憶か心から読み取って私が何をしてきたのかを把握しているんでしょうっ。
そうなれば、ダークライが指摘しているのはひょっとして、ゆんちゃんや6号ちゃんを止めきれずに悔いてきた数々のことですかっ?

《左様。フフフ……そのぶんだと自身の真なる姿にまだ気づいていないのだろう。そうでなければオレ程度の封印にこうしてまんまとかかるはずもあるまいて》

私の真なる姿?
私は私。アリスちゃんがアリスちゃんであるように、私は春風を咲かす聖火の化身・ファイヤーことグレアットに相違ないのですよっ!

《愚かな……ならば見せてやろう、オレのナイトメアを通してな!》

ナイトメアなどと6号ちゃんが好きそうな単語が出た直後に、視界、いえ、空間そのものがギンノさんのネクロシアの攻撃を彷彿とさせる虚無の黒に染められていき、一瞬の間に自分すらも感知できなくなってしまったのです……っ!

《夢に滅するがいい》

唯一感じ取れていた生命であるダークライの姿も見えなくなり、私の意識は深海よりも深くて光の届かないどこかへと堕ちていきましたっ……。

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そして……

ゆん(さっきまで空の上にいたはずよね……何処かしらここは……?)

気がついたら四方八方一筋の光も見当たらない場所に瞬間移動してきちゃったみたいだわ。でも両手にはまだ生温かい感触が確かに残っていて、このカルマは決して拭われることなんてなさそうだって自覚しざるを得なかったの。

しょうがない……わよね?
アリスちゃんの甘っちょろいキレイゴトだけじゃ救われない命だってあるのよ。誰かを助けるのに理由はいらないけれども、私は許されない過ちを犯してまででも義憤する必要だってあるって真諦しているもの。

そうやって自分で自分を諭しているときだった。

「いらっしゃい、ここはアタシが創りし生命の源よぉ」


アリスちゃんにも似通ったこの幼げながらも、アリスちゃんとは異なった意味で人を喰ったような独特な喋り方には、イヤというくらい聞き覚えがあって思わず素っ頓狂な声色を上げてその声の持ち主の名前を叫んでしまったわ。

ゆん「うゅちゃん!?」
うゅちゃんこと、またの名を七英雄のひとり・生命の創造神ミュウ。私含めてこの世界に生きるすべてのポケモンたちの生みの親で、すべての遺伝子を宿している超常生命体よ。どうしてだか分からないけど、アリスちゃんとは特別仲がいいようで、何度か一緒にティータイムを喫したほどには身近な存在になっているのよね。

予想していなかった彼女の登場で、きっと私はよっぽどなことをしでかしてしまっちゃったんじゃないかって、全身の細胞ひとつひとつが脳と体と心に向かって訴えかけられたような気持ちでいっぱいになったわ。
その彼女はそんな私に対して意を介すことなく、ゆらゆらと宙を舞いながら直接私に言葉を流しこんできた。

うゅみ「ここがどこかぁ?それは、アタシがさっきも言ったように生命の源そのものを具現化したセカイよぉ。
どうして真っ暗闇ですってぇ?それは、アタシが意図的にアンタに見せないようにしているだけで実際はアンタにゃ理解を拒むくらいのモノがい~っぱいよぉ。
なんで連れてこられたかっていうとぉ?それは、アンタが生命をその手で奪ったからにほかならないわぁ……」

次々と私が気になっていた疑問をいっぺんに答えてくるものだから、なんだか身の毛がよだつ得体のしれない恐怖感に襲われてきた。こっちが考えていることがぜんぶ分かってるうえに力でも知識でも敵いっこない相手って、もはや尊敬だとか不気味だとかそういった感情なんて通り越して……思考するとか運動するとか手癖口癖に呼吸鼓動。生きていくうえで当たり前なことがなにもかもやっちゃいけない、絶望にも近い無力感でいっぱいになるんだもの。
事実私は何も発せなかったし、微動だに出来なかった……これがうゅちゃん。ミュウがミュウ足りえる全知全能なんだって思い知らされてしまったのよ。

胸の動悸がみるみる高まった。早鐘を撞くように乱れ撃ち初めた……呼吸が、それに連れて荒くなった。やがて死ぬかと思うほどあえぎ出した。……かと思うと又、ヒッソリと静まって来た。
……こんな不思議なことがあろうかしら……。

うゅみ「落ち着きなさいなぁ、なにもアタシはアンタを取って食おうってわけじゃないのよぉ」

そう諭されてうゅちゃんから送られた朝の日光みたいに気持ちのいいナニカに包まれれば、不思議なことにゆりかごで母親から抱っこされてる心地よさにうっとりと高揚しちゃって、さっきまでの怖さが嘘みたいに消え去っていく……いつ以来だったかしら、思い出せなかったそのぬくもりのおかげで、私の胸に残ったのは安心感だけになってしまったわ。

ゆん「……おかしくなりそうだわ」
うゅみ「可笑しいのは正しいわよぉ、あの子のために躊躇なく手を汚せちゃうんだからぁ……」
ゆん「知って、いるのね……」
うゅみ「でーもぉ、生命の前では人間社会が勝手に決めた正当な理由なんて戯言は通じないわよぉ?アンタにはしっかりとそれ相応の償いはしてもらうわぁ」

うゅちゃんが現れたその瞬間から覚悟はしていたつもりだったけれども、やっぱりそう来るわよね。社会の掟の前には、自然の摂理があって、自然の摂理の前には、神様の天啓があるとセカイの相場が決まっているのですから。

ゆん「受け入れる覚悟はできているわ……教えてちょうだい」
平常心を保てているつもりだけれど、私のお顔は崩れてなんかいないかしら?表情を映し出せる鏡が居ない代わりに、うゅちゃんが答えてくれた。

うゅみ「あなたにはぁ、道標から外れてもらおうかしらぁ」

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人とポケモンは常に何かの視線を感じながら生きている。

それは常に「何か」の視線でしか無い。そこには如何なる具体性も像も存在しない。
だが、一体誰が己の背後に何者も存在し得ない事を保証出来るだろうか?
一体誰が人の魂は誰の侵入も許さぬ神聖な不可侵領域であると嘯いた?
一体誰が己が己たる部分には鵬の嘴すらも届かぬであろうと説いたというのか?

偶然などはどこにも存在しない。全ては必然であり、何らかの誘導の結果引き起こされたものである。
だがそれを観測出来ぬ者はそれを偶然と決めつけなければ気が済まなくなる。特別な力を持たぬ人とポケモンは結論の出ない問いにすら答えを押し当て、前に前にと進んで来た。

それが故に、盲目であった。



グレアットは気がつけばある場所に立たされていた。現実味を帯びない空間であると客観的に見れば誰しもが思えるのだが、しかしここはれっきとした現実なのだと彼女は完全に誤認していた。その誤認に気づけることはもう無いだろう。

その場所とは360度遥か彼方地平線まで続く何もかもが赤い原野と夕焼けよりも赤い空によって構成されており、彼女が手に掴んでみたり足元をくすぐる草花の感触や土の匂い風のそよぎは現実セカイのそれ以上にリアルに反映されていたのだ。
伝説のポケモンファイヤーそのものである彼女は、自身が飛翔できることなど認知する必要すらもなく確信していて当然であり、普段と同じように翼を広げて空を飛んで回る、飛んで回る、飛んで、回る、回る、回る……。その間なぜだか彼女の欲求が満たされて日常的行為であるにも係わらず、平常時以上の鎮静状態になって変わらない景色を何分も舞い躍ったのだ。

しかし彼女はいずれ恐怖心を抱き始めることとなる、前方から自身の纏う炎よりも赤く闇色に塗り潰された身体を持つ巨大な鳥が迫ってくるからだった。さらに立ち向かおうとしても自分の得意とする能力など一切通ることは決してなく、やがて悲痛な肉体的苦痛と生理的活動が活発化してピークに達し、行動爆発による無差別な攻撃をがむしゃらに繰り返しながらその巨大な鳥に捕食されていく……。

こうして一切の情動反応はぴたりと停止し、感覚を失った肉体は昏睡状態に酷似した鎮静を保つ……。それからいっときすると再び目覚める。

グレアットは気がつけばある場所に立たされていた。現実味を帯びない空間であると客観的に見れば誰しもが思えるのだが、しかしここはれっきとした現実なのだと彼女は完全に誤認していた。その誤認に気づけることはもう無いだろう。

その場所とは360度遥か彼方地平線まで続く何もかもが赤い原野と夕焼けよりも赤い空によって構成されており、彼女が手に掴んでみたり足元をくすぐる草花の感触や土の匂い風のそよぎは現実セカイのそれ以上にリアルに反映されていたのだ。

グレアット(……繰り返していますね、この終末旅行をっ)

二度目ともなれば、幸いにも自覚症状が芽生え彼女は””ここが現実なのだと認識した””。そして普段通りに翼を広げ飛翔し、どうしてだかカラカラと飢えた喉に冷たい水を流しこんだ時のように近い生理的欲求が満たされていき……不安でいっぱいだった心から猜疑心が消えて鎮静化するのであった。彼女にはもうとっくに疑念や危機感は失われていて、それを取り戻すころには敵うはずもない巨大な鳥と対峙するのだから。

グレアット(えっ?……私、なんでこんな大切な出来事を忘れて……っ!?)

信仰の存在しないこの世界において彼女の一節一挙一動に意味はなく。
無情にも闇へと取り込まれ、記憶も不確かな状態で残され、助けが来ないことにすら気づかされない余裕と高揚さだけを得て……正確な描写をするのであればそれだけを得らされてしまい……。ゆっくり、ゆっくりと、だが確実に蝕まれていく。

終わらない悪夢に。

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ゆん「道標……ギィさんも言っていたわ」
うゅみ「あの親バカがぁ?アタシと主義が合わなくって収まりつきそうにもなかったからぁ、示しにその道標とケンカさせてみたら傑作でねぇ」

悪戯に笑ううゅちゃんを目にすると、あの子と見た目の違いなんてカラーリングくらいなもので、あの子とたいして変わらない背格好とメルヘンロリータな可憐な格好をしているものだから、まるであの子を見ているみたいで面影を重ねてしまった。
ゆん「もう、話を逸らさないで頂戴」
うゅみ「アンタにゆとりをあげてんのよぉ、これからメンド~なことしなくっちゃいけないんだからぁ」
うゅちゃんはそう悪態をつきながらしなやかに伸びるしっぽをキラキラとさせると、目の前にさっきまで望んでいた鏡台がふたつ現れたじゃないの。目に入れた途端に愕然としちゃって思わず膝からがくりと崩れ落ちちゃいそうになる。

その鏡面にはどちらも私だけが映っていて、それぞれ今の私にはない決定的な違いがあった。片方は翼のない私、そしてもう片方には蝙蝠みたいに淀んだモノクロームの翼が生えている私だった……のだけれども、驚いたのはそこじゃなくて。

イメチェンされた私の姿見は確かに今はじめて見たはずなのに、なぜだか強烈な既視感が稲妻のように駆け巡って全身を襲ったの。
そして存在しないはずのさまざまな記憶が流れ込んできた。

22ばんどうろで運命的な出逢いを果たしてからただの一度も別れた経験なんてないというのに、22ばんどうろであの子と再会をする記憶……?
それからあの子を勇気づけた記憶。ホウエンに出向いたのはハジツゲが初めてのはずなのに行ったこともないトウカシティに飛び立った記憶。そこから地方内を転々としてアルトマーレまで旅した記憶。解散されたはずのロケット団と対立する記憶。あの子が目覚めてイッシュのチャンピオンとおんなじ名前を兆す記憶。最終的にだんだんとフェードアウトしていくセカイ……記憶……そう、そうだったのね。

これは全部遠い順から私が抱えていたであろうもうひとつの思い出。
夢で逢うように騙されていた切ないリプレイマシンだったんだわ。

うゅみ「遊羽。アンタは天使-スズメ-かしらぁ?それともぉ……
人間だったかしらぁ?」
オルゴールを見せてくれたうゅちゃんの薄桃色に彩られた唇を追うと、私の真意を決断するべくして問われていた。どうしてかその答えはどちらかの鏡台に飛び込めばいいことまで遺伝子情報で分かっていたわ。

『私は、私は……██████』


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クレセリア「わたしならこの次元で唯一、ダークライの悪夢から救い出してあげられますわ。ですが、その先どこで意識が戻されるかはわたしにも分かりませんの」
アリス「どいつもこいつも制約がつきものなんだな」
クレセリア「うふふ……等価と法則を無視してしまえば歪みが生まれますのよ。道標様と英雄様が御許しになりませんもの」

また道標か……そういえばウジヤスからその代名詞を聞いたのがはじめてだったな。大団円も含めて共通認識と見ても良いのだろうか。それにダークライの習性を聞く限りだと、グレアにある罪と罰の意識が濃くなってそこに付け込まれる隙を与えられた……となるからあれからゆんを追いかけていった後に何かがあったのだろう。そうすればゆんにも少なからずともいま何かが訪れているかもしれない。
それにメグとアークとビアンカにはいったい何が起きてる?どうしてボクたちに立て続けにこうも異常現象が発生する?そういえば持っていたはずの金剛珠と白珠は何処へいった?

分からない、分からない……分からないことばっかりでイヤになる。

ボクは綺麗に整えてくれたブロンズヘアーをおかまいなしにぐしゃぐしゃと両手で掻き崩しながらも、考えて、悩んで、振り乱れた。

クレセリア(このような幼子に残酷すぎますわ……月が朔から望までどれ一つ満ち欠けが変わっても回らぬことと同じように、この子にしか成し得ない使命なのでしょう。でしたら……わたしはあなたの空を照らす月でありたいですの)

心ここにあらずと不乱になってしまっていたボクを、羽衣ではなく自身の両腕いっぱいに天女が包み込んできた。その優しさは、ゆんやグレアとはまた違った甘い香りがして……。
アリス「クレセリア、なんのつもりだ」
クレセリア「ミズキ」
アリス「え?」
ミズキ「私の真名ですの。ミズキとお呼びあそばせ」

ミズキが抱擁してきた柔らかいぶつかりで、オーロラの粒子きらめくピンク色の羽根が一枚首筋に舞い落ちてきた。彼女は前のめりになってゼロ距離をさらに詰めるとその羽根をターコイズ色に塗られたルージュの薄い唇でくわえてみれば、そのままボクの幼い唇へと円かにバトンタッチをする……。
ミズキ「ぁむ……その羽根があれば必ずやそなたのパートナーは悪夢から脱せられますわ。わたしと供に、行きましょう」
アリス「信じていいんだな」
ミズキ「そなたが大人になる前に教えてあげましてよ。女の子は自分が心に決めた相手にしか口づけは交わしませんことよ……♡」

人差し指の先を自分のターコイズ色に染め、ぷるんと弾ませてアピールをするそんな彼女に誘われるがままその指を絡めると、ふんわりと羽衣に包まれて無重力になったかと思えば、ミズキと一緒に宙を舞ってグレアが囚われているであろう悪夢の世界へと飛んで行った。

夜空を飛翔の折、一筋の光跡鮮明に残す。まるで天の川産みし天女なり。


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シロナ「いけない!いけないわシロナ、人生史最大のピンチよ!」
レーダーを観測していたシロナさんはらしくもなく慌てふためき、ドタバタと大急ぎで家中に放しているパーティー達をゴージャスボールへと収納して、黒曜に輝くマトラッセのクラシックハンドバッグに詰めていっていた。それはわたしを粘着させていたトリトドンも例外ではなく、何らかのトラブルという形であっさりと軟禁から解放されちゃった。シロナさんはわたしにかまう余裕もないようで……ううん、正しくはわたしすらも見えていなくて……相棒のガブリアスさんに跨ってどこかへ飛来していった。

スズラン「なにかあったのかな、パティ」
パティエ「こん?……こーん!コンッ!!」
パティがいつにもまして騒ぎ立ててびっくりしてしまう、やっと身体を自由に動かせて喜んでいる、というような朗らかな様子なんかじゃなくて、警報機を体現したかのような騒ぎかただった!
スズラン「どうしたの!?」
パティはこう見えてもわたしより何倍も生きている妖の狐、この子が走っていく方へとわたしも一心に追いかけていく。すると……!

美しい真珠色に目映く珠の光りがこちらを導いていたじゃない!
スズラン「きゃあああっ!!!?」

Part28へつづく!