《Ride On The City》-硝子色の夕空- part47
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」
君は指さす夏の大三角覚えて空を見る
やっと見つけた織姫様だけどどこだろう彦星様
これじゃひとりぼっち楽しげなひとつ隣の君
私は何も言えなくて
本当はずっと君のことをどこかでわかっていた
見つかったって届きはしない
だめだよ泣かないで
そう言い聞かせた
強がる私は臆病で
興味がないようなふりをしてた
だけど
胸を刺す痛みは増してく
ああそうか好きになるって
こういう事なんだね

アリス「う~ん……?」
どこか嗅ぎ覚えのある、色とりどりの花々が自己主張として漂わせて行き交う人々の気持ちを和らがせてくれる、その香りが眠りから覚めたボクを最初に迎え入れてくれたのだった。
「あら。目が覚めまして?」
その次に迎えてくれたのは、とっても聞き覚えのある柔和で品性ある女性の声。ボクは誘われるようにゆっくりと目を開けると……。

すぐ近くでアロマを手作りしながら声を掛けてくれていたのは、ほかならない。
ボクが敬愛するエリカお姉様だった。
アリス「ふぇ……?」
エリカお姉様は起き上がったボクに目配せなさると、アロマ作りに励む手を止めてまで上半身だけを起こしたボクのそばに寄り添って朗らかに微笑んでくれた。
エリカ「まだ小さな子ですのに早起きできて偉いですのね……わたくしでしたら、お恥ずかしながら二度寝をなさってしまっておりますことよ。うふふ」
寝惚けているせいか、安心感からか、無意識のうちにボクはわんぱくに両腕をひろげてエリカお姉様へと抱きついていた。もちろん頭の中ではここは今まで住んでいた世界と違うことだって理解している、こっちの世界だったらただのトレーナー同士でしかない関係性だって分かってはいる。それでも……。
エリカ「あらあら……このあいだわたくしを打ち負かしてレインボーバッジを差し上げた際は、とても勇敢な女の子でしたのに……胸を張ってらしてもまだお子様ですのね」
タマムシシティの姫君として悔しさが織り交じった御言葉を告げながらも、抱きついたボクを拒むばかりかふんわりと抱き返してくれて、金色に輝くブロンズヘアーを優しく撫でてくれたのだった。
そのままうとうとしてしまいそうになったが、すんでのところでぶんぶんぱって頭を振って眠気に打ち勝つ努力を図った。
アリス「ご、ごめんなさい!」
第一声が謝罪なんて情けないエピソードに残ってしまうけど、この世界においては他人同士でしかない。都合よくはならない、ならなかったんだよと言い聞かせて、おそばから離れようとしたらエリカお姉様はクスクスと口許に手を添えて目を合わせた。
エリカ「もう具合はよろしくて?」
アリス「よろしくて!」
エリカ「そうでしたらお構いになりませんけれども……あなた三日三晩まるまる目を覚まさないものですから、心配なさったのですよ」
アリス「…………ほえ?」
エリカ「ですから三日三晩」
アリス「例え話でなく?」
エリカ「カレンダーでもご確認なさって?」
アリス「ぴゃあああぁぁっ!!!」
なんつーハプニングじゃい。まさか言葉の綾ではなく本当に三日間も眠りこけてしまうなんて!うぅ、ブルーよりも実質3日早く10歳になってしまうではないか!
こうしちゃいられない、とにかくまずはゆんあたりを捕まえて、それからそれから……ああまずは最初に寝癖を整えて髪型と服装を、ぱたぱたとボクは勢いよく起き上がって漫画みたいに慌てていると。
エリカ「焦らずともあなたのお仲間にご連絡入れておきますわ。迎えに来るまでのんびりしていなさいな」
アリス「え?あぁ、そう……」
そうエリカお姉様が話してくれると、シルフカンパニー特製のポケギアを片耳に当てて報告をなさってくださった。ポケギアにはエリカお姉様が好きそうなくさタイプの萌えもんなどのデコがされていて親近感を実感できた。
落ち着いて気がついたけどよく見ればいま身につけている服装は、普段着ている水色のエプロンドレスや眠る時に愛用している甘ロリのナイトウェアじゃなくって、可愛らしいお花の模様が刺繍された浴衣風の着物を着させてもらっていた。
ブロンズヘアーで周りからよくお人形さんと称されるボクにこういったファッションは似合わないと思って敬遠していたんだが、部屋に置かれている姿見で確認してみると、色合いとデザインひとつで意外にも自分に似合っているんじゃないかと感じてしまう。エリカお姉様が着せてくれたんだろうか、ゆんたちが迎えに来てくれるまで持て余しているし、気になって質問してみた。
アリス「えと、この浴衣?って……」
エリカ「汚れたままではいけませんから。わたくしが毎晩着せ替えてあげていましたの。お気に召してもらえたかしら?」
やっぱりエリカお姉様のセンスはNo1
アリス「にへへ……」
つい頬がほころんではにかみが零れちゃった。そのはにかみと一緒に寝間着にしていたせいからか帯が緩んで浴衣がはだけてしまった。
エリカ「あら、はしたないわ。結び直してあげますわね」
アリス「それだったらじきにあいつらが来るだろうし着替えちゃうよ」
エリカ「外出なさるのでしたらお風呂に入って。年頃の子が何日も入っていないとみっともなくてよ」
ボクの手首を引いてバスルームへと案内をしてくれるエリカお姉様。そのお気持ちはありがたいんだけども、ここで問題が浮上してしまう。
アリス「あー……ボク自分で髪の毛洗えなくて」
お嬢様育ち9歳児からその発言を聞いて驚きを隠せないのか両手で口を覆って「まあ」とリアクションするエリカお姉様。それって別世界にいるあなたの育成結果ですよなんて言ったら頭の心配をされるだろうから上目遣いでお願いするだけにとどめておいた。
エリカ「しょうがない子ですわね……わたくしも一緒に入って差しあげますから、可及的速やかに済ませますわよ」
アリス「やったぃ」
~~~
エリカ「ご自分ではだけた浴衣もお脱ぎできませんの?」
エリカ「お身体も洗って差しあげますから。浴槽もおひとりで入れませんこと?」
エリカ「お着替えはここに……分かっておりましたわ。毎日お召しになるお洋服だけでしたらいざ知らず、肌着くらいは履けるよう精進なさいませ」
~~~
そうして幾週間ぶりにエリカお姉様との(世界は違えど)入渠を同伴したのち、ボクは鏡台の前でおさげを結ってもらっていた。
エリカ「手の焼ける子ですわね……本当にわたくしをお試合で圧倒させた子かしら」
アリス「えへへ♪お姉様~」
エリカ「ふふ……わたくしに妹がおらしたら、こうやって甘やかしてしまいそうね」
アリス「………………そう、かもね」
つい憂いた表情になってしまい目を伏せてしまったが、鏡越しだからすぐにボクの心境の変化に気づかれてしまった。
エリカ「……アリス?」
アリス「ん?どーしたの?」
自分でも驚くくらいにあまりにも自然な装いで表情を戻して生返事を取り繕っていた。うん、ちゃんと笑えてる。
エリカ「……なんでもありませんわ。ほら、綺麗に結べましたわよ。お可愛いこと」

アリス「ん。今日1日このおさげ、大事にする」
ボクは自分の肩から伸びるおさげをさらさらと触りながら呟いた。
エリカ「それにしてもあなたが運ばれてきた日はびっくりなさいましたわ。突然夜中に訪問するものですから、ロケット団の残党が襲ってきたのかと思いましてモンスターボールを片手に応対したら、わたくしのラフレシアを一蹴なさったゆん様が血相を変えてあなたを抱えているのですもの……どうしてわたくしを訪れたかは聞いたりしませんわ。でも、苦しんだ様子で魘されてらしたのに、わたくしがお使いになってるベッドで寝かしつけてあげたらみるみるうちにあどけないお顔でお眠りになってくれましたから、なんだかわたくしもほだされてしまいましたの」
あの夜にそんな裏事情があったとは。そして寝ているボクあまりに安直すぎてなんだか気恥ずかしくなってきたわ。くっ、こんなにも速く知らないうちに弱味を握られてしまうとはなんたる不覚……!
エリカ「わたくしのジムを突破なさって、その翌日にはもうテレビで萌えもんリーグ制覇の号外が流れてきたくらいにお強いあなたがあんなにクタクタになられるなんて、何があったかは聞きませんが……とっても頑張られたのね」
世界をひとつどころかいくつも一気に救うくらいには頑張りました。
しかし才能溢れるボクとはいえ聞いている分にはたった2、3日くらいでリーグ制覇までこぎつけていたとは、そりゃ有名人として扱われるわな。
アリス「そういえばそれっていつくらい前のことだっけ?もうリーグ制覇したなんて覚えてない」
エリカ「大物ですのね……確かあなたがご制覇なさったのは」
答え切る瞬間にまるでタイミングを見計らってきたかのようにガラガラ!と玄関の引き戸が勢いよくオープンされて、見慣れた顔ぶれがわらわらと集まってきやがった。
ゆん「アリスちゃん!起きたのね!?」
グレアット「失礼いたしますっ!体調はどうですかっ?」
およ。わらわら群がってくるかと思いきや迎えにきたのはウィング組だけのようだった。ボクはオフモードに入りかけていたこともあって前髪をいじいじしてた手を胸に置き換えて上目遣い。
アリス「お姉ちゃん……ちょっと身体痛いかも……」
ゆん「よしよし。お姉ちゃんと一緒にいい子にしてるのよ」
肩ぽんぽん
グレアット「なんでもお姉ちゃんにお願いしてくださいねっ」
頭なでなで
朝はこれくらいのローテンションでちょうどいい。ボクはゆんとグレアに挟まるようにしてぐで~っと身体を預けた。
エリカ(なんてしたたかですの……!)
エリカお姉様はボク……ではなくっておおかたゆんとグレアを信用して合鍵を預けてくれると忙しい業務へと出向いたため、しばらく休憩したのちにグレアの膝に上半身を、ゆんの膝に下半身を寝かせてコロンコロンした体制でグレアの緋袴の布をつまんで遊びながら状況報告を始めた。
アリス「メグとアークは?」
ゆん「ビアちゃんの看病をしているわ」
グレアット「実はあれからまだ意識が戻っていないんですっ」
アリス「……そうか」
シロを脅かす巨悪は処理できたものの、後遺症が治らないといった形か。こころのしずくごと生体エネルギーを持っていかれたっぽいし、そう簡単に解決とはならなさそうだ。
グレアット「それでアリスちゃんが会得したリライブを使えばなんとかなるかもしれないってカルマさんは言ってましたっ」
ゆん「だからあなたが起きるのを待って、私とグレアちゃんはシロさんとかユリさんとかあちこち回って飛んでいたのよ。ちょっとは反省なさい」
アリス「なぜ反省せねばならんのだ!?」
グレアット「あのとき突っ撥ねてないで素直にブルーさんの言うこと聞いてたらビアンカちゃんが苦しまずとも済んだんじゃないですか~っ?」
アリス「たらればの話をするんじゃない。このっ」
ボクは緋袴の裾を思いっきりめくりあげて反抗してやった。
グレアット「きゃっ!?そういうところが素直じゃないんですよっ、いーもーうーとーちゃんっ」
カウンターにほっぺをぷにぷにと突かれる。
ゆん「でも。アリスちゃんが無事に起きてくれてよかったわ。もしかしたらアスフィアに勘づかれて生命力を持ってかれたんじゃないか、って心配だったのよ」
そう言ってボクの足をそっと床へ寝かせて立ち上がるとボクのお気に入りのポーチとリュック(正式名称略)を持ってテーブルに置いてくれた。
ゆんがいなくなったのでグレアの腰に手を回して、白袖越しにおへそのあたりをお顔すりすりしながらぎゅーって甘えることにした。擦れるたびに首元から鈴の音が鳴ってまるで猫になったような気分。
アリス「んふぅ……ま、そんときゃうゅみが駆けつけてきただろ」
ゆん「根拠のないデマを言わないの」
グレアット「ほーらっ。お姉ちゃんのこと好きなのは分かってますから、しがみついてないで、いい加減起きて出発しますよっ」
アリス「やだ。もっと休んでたい」
グレアット「3日もスヤスヤしてまだ寝るつもりですかっ……」
ゆん「埒空かないからもうそのまま飛んでちょうだい」
グレアット「その手段がありましたっ!」
アリス「にゃっ!……わかったわかった、ビアンカの容態も気になるし行こう」
そんなこんなでグレアの背中に乗っていざ出発。ゆんは鍵をしっかりと施錠して裏手に鍵を仕舞うと後ろから追いかけてくる形で、ビアンカが眠っているユリの本拠地:地下都市の潜むクチバシティへと飛び立っていったのだった。

-カントー地下都市-
おそらくは一般トレーナーたちの混乱を招かないためのシロの配慮なのか、地下都市にある安置所のような場所で、ユリお手製らしき材質100%水のベッドでビアンカは安眠しているようだった。
そこに入るとユリとメグ・アークの3人がビアンカを囲むようにして見守っているようだった。
ユリ「おいでなすったか、近寄うよれ。」
6号「おそようございます。ジャスト3夜、いい夢見れましたか?」
モンスメグ「カノンたんの運命はアリスちゃんに託された☆
Are you ready?うん!GO☆
イヤッッホォォォオオォオウ☆」
なんか大型輸送機から空中サーフィンしそうな掛け声が聞こえてきたが無視だ無視。
こいつらの間を割って入ってビアンカの容態を確認してみると、かすかに息は聴こえてくるものの肌を触ってみるとひんやりするほどまで体温が下がっている様子で非常に危なっかしい。
彼女が肌身離さず持っているこころのしずくも輝きを失ってしまっていた。
アリス「こう言っちゃ不適切にもほどがあるけど、死んでいないのが不思議なくらいだな……」
モンスメグ「寛容になりましょう☆どんと構えましょう☆」
ユリ「SYSTEMの奴、マスターが来たとたんに饒舌になったのじゃ」
モンスメグ「あ?」
6号「はい。おふたりは控えて」
カルマからロストテクノロジーと化した能力・リライブを授かったといえ、あれは心を奪われて自我を失ってしまった萌えもんへの医療措置であり、こうして危篤に瀕している萌えもんに対して適正な行動とは言い難い。
みんな対処法がわからなくて切羽詰まったあまりに、藁にも縋る想いでリライブを選択肢のひとつとして数えるレベルのステージまで差し掛かっているのだろう……。
しかしこのまま何もできないままビアンカが消えてしまうのは何が何でも避けたい。それはここにいるボク達、ひいては本来ビアンカが居た世界のギンノとクオーレにとっても共通の願いには変わりない。
グレアット「ビアンカちゃんの生命力は風前の灯火ですっ……どうにかできないでしょうかっ」
ゆん「頼れるのはアリスちゃんだけなのよ!」
まわりを見れば、みな一様に曇った表情でボクとビアンカを不安そうに見つめる面々が並んでいる。アスフィアという災厄が絡んでしまっている以上、メグのSYSTEMでもどうにもならないんだろう、なってたらここまで深刻な事態に陥ってないもんな。
こうなったら、生命の神秘とやらの可能性を信じるしかない!
アリス「リライブをしよう」
ユリ「一縷の望みじゃな……賭けるしかあるまいて」
アリス「みなここから出ていくのだ」
「えっ?」
アリス「カルマに教えてもらったときも強力な催眠で寝かしつけただろう?リライブにはたぐいまれな集中を要する、ましてやボクは付け焼き刃。万が一失敗をすればお前らを逆恨みするかもしれんからな」
ボクはそれっぽいお膳立てを並べてむりやりにでも納得させると、ユリはみんなを引き連れて別の場所へと避難をしてくれた。よし……。
なにせ、リライブなどと大層な代物ぶってるけど……とどのつまりビアンカにキッスをするんだからな……!
前にファーストキッスを送っているとはいえ、アレはなかば事故のようなもの……。それに今回は医療行為の一環だとしても、意識を失っているビアンカの唇を奪うなどまるで寝込みを襲っているみたいでアンフェアじゃないか……!?
これは人工呼吸、人工呼吸、人工呼吸……立派な延命治療、蘇生治療、人工呼吸……ボクは大きく息を吸い込んで肺にめいっぱい酸素を取り込んだ……!
ユリ(それにしてもリライブなどただ手を翳すだけのモーションなのじゃが……あの童女はよっぽど初心なんじゃのう?)
ゆん・グレアット・6号(どうかご無事でっ……)
モンスメグ(First Kissからはじまる~ふたりの恋のHistory♪)
アリス「……ビアンカ。」
ウォーターベッドの下からビアンカの背中に潜り込ませた手を回し、しっかりと抱きとめる。
指が震えている、我ながらぎこちない動きだ。
とっても……近い。
目の前にビアンカの寝顔がある。
胸と胸を押しつけ合うと、トクトクと早鐘のように心音が鳴っている。
どちらの……いや、ボクが早いんだ。
当然だろう、あちらは眠っているんだから。
これ……なんか、すごい緊張するな。
銀色の髪に鼻が当たり、くすぐったい感触と、どこか甘く、あたたかな匂いがする。
ボクの大好きな、ビアンカの匂いだ。
……いつまで抱きしめているだけなんだろう。
さっきよりも、距離が近くなった。
鼻が当たってしまった、不規則に乱れる寝息が触れる。
でもその感触も楽しくなってきて、一方的に鼻をこすり合わせているうちに、
小さく漏れる吐息が混ざり合う気もした。
ビアンカを誤って落とさないよう、腕に力を込めた。
吐息が、互いの唇をくすぐるくらいに近くなる。
今、起きたら、びっくりするかな。
そんな願望にも似た希望を口に出してから、瞳を軽く閉じる。
あごを少し上げて、唇を突き出してあげる。
あとの想いは、リライブに託すことにした。
アリス「…………ちゅっ」
唇が一瞬触れる。
柔らかそうに見えていた唇は、思ったよりも、
プリッとした弾力があって、不思議な感触だった。
離した唇から、熱くなった吐息が漏れる。
アリス「……した、よね?……今」
リライブの能力を使ったつもりでいたが、何も起きる気配は無かった。
やっぱり、無理だったんだろうか……?
……ここまでやっちゃったら、もう信じるしかない。
ビアンカへのキスを楽しんでいるわけじゃない、リライブが奇跡を起こしてくれるまで、さながらお姫様への目覚めのキッスを送って命を救う絵本みたいに。
ボクはもう一度、唇を触れ合わせた。
アリス「……ちゅ、んぅ……ちゅっ」
唇を押しつけるたびに、吐息が漏れていく。
舌にビアンカの味がほのかに広がり、ドキドキも止まらなくなる。
アリス「ちゅっ……んぅ……んんぅ、チュ」
水の音がしちゃってきた。密室に近い空間だからか全体に水の音が響いて、
ますますボクのドキドキはヒートアップしてくる。
アリス「チュッ、ちゅぅ……はぁ……ドキドキする、んんぅ……」
唇同士をどうやって触れさせればうまくいくのか、よくわからない。
上唇と上唇同士が当たるのがいいのか。
それとも、ビアンカの唇をボクの唇ではさむのがいいのか。
やっぱり上手くいかないな、キス……じゃなくって、リライブ……。
またボクは、ビアンカの唇を奪った。
アリス「ちゅっ……んちゅ……もう、ちょっとだけ……ちゅっ」
そうして重ねたキスは……一桁をゆうに超えた、
その時。
足元からエメラルド色に光る直線状のエネルギーが何本も訪れて球体を描き出し、ようやく念願のリライブが発動した……!
アリス「ぷぁ……はぁっ……や、できた……?」
やがてそのエネルギーはビアンカを包み込んでいき、朝日にも似た心地のいい暖かさが部屋全体にも伝わってくる。
これでビアンカが救われる……。起きない奇跡を起こせたんだ。
でも、ボクの心はビアンカともっと繋がっていたいという気持ちでいっぱいになっていた。ドキドキが溢れだす一方で、口から零れそうなこのドキドキを、ビアンカの唇へと届けたい一心で……。
アリス「ちゅっ……んぅ、ちゅぅ……ンチュ」
ビアンカ「……んっ。ちゅ……くちゅ……んんんっ……!」
アリス「ちゅ、チュッ……好き……ちゅっ」
ビアンカ「んんっ……!……ぷあぁっ!……リース!」
目が覚めたビアンカに肩を突き上げられて、お互いの唇同士は透明色の架け橋といっしょに離されてしまった。腰から上半身を起こしたビアンカは、ルビーよりも赤く頬を紅潮させながら、蕩けた目つきでボクに挨拶をする。
その下唇からは、水滴みたいに光る糸を垂らしたまま。
ビアンカ「はぁ、はぁ……おはよ。リース……っ」
ボクとさして変わらないくらいの幼い顔つきと幼い声色のはずなのに、今だけは、ほかの誰よりも魅力的に映って見えていた。これも、ビアンカの持つ心理定規の効力が働いているんだろうか。
アリス「んっ……おはよう、ビアンカ」
生命の危機から抜け出せて、あわや感動の雰囲気になるつもりだったんだけども、お互いの10センチの距離のあいだには、筆舌しがたい微妙な空気が流れていた。地下都市から滴り落ちるピチャ、ピチャ、という規則正しい水音だけが響いていく……。
この沈黙を先に切り裂いたのは、ビアンカのほうだった。
ビアンカ「その、えっと~……リース、なんでキスしてたのかな?……かなぁ?」
リライブを知らない彼女からしたら当然すぎる疑問符だった。
知っててもなお同じ疑問は飛んできたに違いない。
ここは至って真面目に回答をしておくことに決めた。
アリス「ビアンカさ、あれからずっと昏睡してたんだ。3日くらい」
ビアンカ「……それで?」
アリス「それで、リライブっていう能力を使ったらもしかしたら奇跡が起きるかもって期待に賭けて、リライブを覚えてきたんだ」
ビアンカ「……ふ~ん?」
アリス「で!リライブにはその、キスが必要で。そう!呼吸困難の人を救助するための人工呼吸みたいにね?」
ビアンカ「……ビアンカにず~~~~っとキスしてたんだ?」
アリス「うん!」
ビアンカ「そっか~……ビアンカとのキス、どうだった?」
アリス「いつまでもしてたかった」
ビアンカ「リースお姉ちゃんの、バカ~~~!!!!!!」
モンスメグ「Kiss×Sisの波動を感じる☆」
ユリ「おぉ、上手くいったようじゃの」
6号「どうして上手くいって第一声が怒号なんですかね」
ゆん「アリスちゃんだからじゃない?」
グレアット「とにかく急いで向かいましょうっ!」
アリス「わ~ん、ビアンカがいじめた~!」
みんなが駆けつけてきた矢先にボクはゆんに抱きついて泣き喚いた。
ゆん「そんなはずないでしょ」
グレアット「ビアンカちゃん、大丈夫ですかっ?」
6号「ご無事そうでなによりです」
モンスメグ「いのちをだいじに☆いのちをだいじに☆」
ビアンカ「わぁ~!皆さんありがとうございます♪ご心配おかけしちゃいました!」
復活早々ウェイトレススマイルを輝かせて一行に頭を下げていくビアンカ。一番の功労者はボクだぞ、真っ先に頭を下げて謝辞を述べる相手を間違えてないか。という意思の視線をゆんの後ろから送ってやると、キッ!とにらみつけられて防御力を下げられたからボクはゆんにより一層しがみついて離さないようにした。
ゆん「……後で謝っておきなさい?」
アリス「ぐぬぬ」
水色と黄色に染まるヴェールを翻しながら、水の皇女ユリはベッドに横掛けて座るビアンカのもとへ寄ると、優雅かつ気品満ちた自己紹介を始めた。
ユリ「わっちはユリと申す。下の者からは水の皇女と呼ばれておるのじゃ。そちの守っている水の都もまた、わっちの創りし水と縁の深い場所じゃな。よう存じ上げておるのじゃ。この度はアリスともどもアスフィアの討伐、まことに感謝致す!そちらのおかげでわっちは安泰に暮らせそうじゃ」

アスフィアの討伐という事実を耳にして、ビアンカは目をまんまるにして息を呑んだ。その顔色は、憂いにも喜びにもどちらにも含まれる微妙な感情を帯びていた。
ビアンカ「そっか。アスフィアさん、居なくなっちゃったんだね……」
部屋の角に設置された簡易的な祭壇の上に乗せられているこころのしずくを眺めて溜め息をつく。
グレアット「そうですねっ……ビアンカちゃんはアスフィアさんに神託を授かったんですものねっ」
6号「難しいところですけど、私たちや、何よりも道標さんにとっては長年に渡る宿敵でもありましたから。でもビアンカさんにはお辛いかもしれません」
ビアンカ「ううん!いいの、みんなの平和を守れたんだったら、それでハッピーだから!」
ゆん「ビアちゃん……」
モンスメグ「バッドエンドなくしてハッピーエンドなし☆だれかのハッピーエンドはだれかのバッドエンド★それが個性っしょ?」
アリス「フォローになってないのじゃ」
ユリ「わっちのあいでんててーを奪うでないのじゃ」
そんなやりとりを見ているうちに、ビアンカは次第に笑顔を取り戻していった。復活して間もないが、このぶんだったら身体の具合も大丈夫そうだった。
ビアンカ「あはは!……は~ほんとリースお姉ちゃんの団体客って面白いよね」
アリス「団体客呼ばわりするな」
ユリ「さて!早速じゃがそち達には……」
続くユリの発言を、ビアンカが挙手ひとつで遮った。
ビアンカ「ちょっとだけ、ちょっとでいいから……一人にさせてほしーな」
ゆん「……そうね、私たちはまた退散しましょうか」
グレアット「お祈りの時間は大切ですから、ねっ」
6号「落ち着いたらまた集合しましょう」
モンスメグ「カノンたん☆」
ビアンカ「……なぁに?」
打ち合わせていたのか、4人は朗らかに揃えて声を上げた。
ゆん・グレアット・6号・モンスメグ「またねっ!」
ビアンカは、静かに手を振って見送るだけだった。
こうしてぞろぞろと地下都市から出ていって、ビアンカをひとりに。
させてあげなかった。
ボクは息と気配を消して、片隅で背中に両手を回しビアンカを見つめていた。
ビアンカ「……ひとりにさせてって言ったじゃん」
アリス「ああ、だからポケモンはお前ひとりっきりだ」
トレーナーとして手持ち0匹にしちまうわけにはいかないから。なんて抜け道みたいな言い訳をかまして。しばしの沈黙のあと、またしてもビアンカが沈黙を破る。
その声色はウェイトレスをしている時にも、仲間たちと居る時にも、戦いに参加している時の声でもない。どこか大人びていながら、涙を我慢しているかのように張りつめた
静かなトーンだった。
ビアンカ「こっちに連れてこられたときに、地方を転々と飛び回ってウェイトレスをしながら色々調べてさ。きっと、リースも知ってるんでしょ?」
彼女の口から、予想していた通りの台詞が述べられていった。
実際の目で見てもなお半信半疑だったのだろうが、ブルーから世界の真理を吹き込まれたのだろう。そして、決め手はアスフィアの存在と、消滅。
ボクは沈黙の戒律を続けた。ボクは何も知らない身だったから。でも、ビアンカはもう自分の立場を知ってしまっている。
ビアンカ「ふ~ん……最後までパートナーに言わせるんだ。ほんと……ほんっと、リースってズルいよね。そうやって、友達とか仲間とか言ってても、自分から追い込ませちゃうんだもんね?…………ほんと、ズルい……ビアンカが、いい子で居続けてるのが……」
その続きを言の葉に紡がせる前に、ボクは正面からビアンカを抱擁してあげた。
ボクとほとんど背の丈が変わらない、幼くて華奢なその身体を。
金髪と銀髪、水色の制服と赤色の制服、お互いに潤んだ瞳同士で見つめ合う青い瞳と黄色い瞳も、なにひとつ合わないカラーリングの、子供同士。
でも、感じ合っている体温の暖かさと、友達を傷つけたくないあまりに傷つけさせてしまう心のしずくは……。
ビアンカ「ずるいなぁ……リース。だって、分かってても、ビアンカを助けてくれたんだもんね……ずるいよ、ずるっこいよ……」
アリス「ビアンカ。思い出を作ろう。離れ離れになっても、記憶を失っても……心で通じ合える、思い出を」
ふたりだけの秘密の思い出を、心のアルバムに仕舞っておこう。
どんなときも、どんなときだって、思い出せるように。
死がふたりを分かつまで……。
ビアンカ「……うん。うんっ!」
睫毛が触れ合うくらいまで、急接近していた。
身体の距離だけじゃなくて、心の距離も、
それくらい近づけていられたらいいな。
いまは、いまだけは、絶対に、聞いておかなくちゃ。
アリス「キスして、いい?」
彼女は目先からあふれるしずくも拭き取らないで、その両手をボクの背中へと回した。強く、そう強く、離してあげるもんかって気持ちが伝わってくるくらいに。
ビアンカ「いいよ……♪」
アリス「じゃあ、するね」
ビアンカ「リース」
アリス「うん」
ビアンカ「……愛してるっ」
アリス「ボクも。これからもずっと、ずっと。愛するよ」
ふたりは、どちらからともなく、唇を触れ合わせた。
オトナの階段を昇る、永遠の誓いを込めて……。

風が寄せた言葉に 泳いだ心
雲が運ぶ明日に 弾んだ声
月が揺れる鏡に 震えた心
星が流れこぼれた 柔らかい涙
素敵だね
二人手をとり 歩けたなら
行きたいよ
キミの街 家 腕の中
その胸 からだあずけ
宵にまぎれ 夢見る
ーーーーーーーーーーーー
誓い合ってから、どれだけの悠久が流れたんだろう。
息が苦しくなって、唇の感覚もなくなってきて、
ボクと彼女は自然に溶けあっていった。
それでもふたりの愛の形を探す。
遠くよりも今を結んだ潤んだ瞳同士、
できればこのまま包まれて終わらせたくない。
ビアンカ「んっ……ちゅっ……ぁっ」
アリス「んちゅ……はふぅ……びあんか……」
濡れた唇を離しながらも、熱い抱擁は交わしたままで。
お互いに一切のよそ見もせず、
ただ一点に見つめ合ったまま、
そう口に出して約束してはいけないけども、
このまま話を始めた。
ビアンカ「ふふ。今度お店で姉妹百合営業としてサービスしちゃう?」
アリス「バカいえ、変な客しか寄り付かなくなる」
その今度が来たら、次くらいはまじめに接客をしてあげようか?
なんて来ない今度を彩って考えたりして。
ビアンカ「ふ~ん。ふたりっきりのときにだけしたいんだぁ?」
アリス「……そうだよ。お前のその可愛い顔はボクだけに見せろ」
こんなにも愛しい光景を、誰にも譲りたくなかった。
ビアンカ「うわぁ!プレイガール発言!?
……リース、そのまま10年経ったら彼女さん1万人くらい作りそ~」
アリス「勝手な未来予想図を立てるな。ボクの未来はボクが決める」
ビアンカ「……未来」
アリス「あ……」
未来という言葉に過剰に反応するビアンカ。しまった、この先ふたりが一緒にいられる未来なんてもう……。
ビアンカ「ちゅーしてくれたら許す♪」
アリス「ちゅっ」
上唇で優しく、グラスの氷をすくうようにしてキスを交わす。
ビアンカ「ん、ちゅ……ためらいなくするよーになったね?
あーあ、リースがどんどんオトナになっちゃう~。
世界で一番えっちぃ9歳ばくた~ん」
その肩書きは今すぐに爆破させろ。
それにためらいを消したのはお前のおかげだよ。
……ふと、脳によぎった発想をこぼしてみた。
アリス「……いまさらだけどさ。シロに、道標に直談判してやろうか?ビアンカがこのまま導のない世界にいられるように……」
ビアンカ「やめて」
ポーチからアルセウスフォンを取り出そうとした手を制されてしまった。
1%でも可能性があるんだったら99%を引かないようにするのが策ってやつなのに、どうにも"いい子ちゃん"には分かってもらえないみたい。
ビアンカ「あっちに帰らなきゃ……お兄ちゃんも、ギンノちゃんも心配してるもん」
アリス「フラれちゃったかぁ」
そうからかい気味に言ってやると、唇を尖らせて上目遣いで
ビアンカ「そんなんじゃないっつーの」
なんて拗ねた様子で可愛らしく振る舞ってきた。
アリス「……そうだな、そんなんどころじゃ済ませないもんな」
心臓が、ドキドキしてきた。このドキドキ、くっついて抱擁している彼女にバレなかったらいいな……。
ビアンカ「ビアンカね……」
アリス「なぁ。自分を名前で呼ぶのやめないか?」
キスを……リライブをしてあげてからもう、ボクは頭にちょこっとでも思い浮かんできた言葉は全部告げるようにしていた。
どんなに些細なことであっても、伝え忘れたくなんてないから……。
ビアンカ「え?」
アリス「子供っぽい」
ビアンカ「うわぁ~実年齢9歳に言われちゃった~ショック」
アリス「最後かもしれないからさ……ビアンカが、将来自分のことをなんて呼ぶようになるのか、知っておきたいんだ」
ドキドキ……ドキドキ……このドキドキはきっと、ビアンカへの期待が高まっているだけ。そうに決まっている。ドキドキ……あぁ、気になる……。
ビアンカ「ボク」
アリス「……ぽぇ?」
思ってもいなかった変化球に素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
ビアンカ「だから、ボク。リースとお揃い」
アリス「なんじゃいそりゃ。ちゃんと自分に合った一人称を考えろ」
ビアンカ「ふ~ん?ボクって似合わないかな?ボク、リース大好きだよ」
ドキドキドキドキドキドキ。
間違いない。これは絶対、ビアンカに対してのドキドキだ。
ビアンカのやつめ、生意気な口を利くように成長しやがって。
ドキドキ……ドキドキ。
アリス「はいはい勝手にしやがれ」
ビアンカ「照れてる~」
アリス「照れるわけあるか」
ビアンカ「隠せないよ?ず~~~っと見つめてるんだからっ♪」
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキ
アリス「照れてるのはそっちでしょ、見続けてるから分かる」
ビアンカ「ずる~い。……ボクの恋人はずるい年下の女の子でした♪」
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ
アリス「大好きだよ……ビアンカ」
ビアンカ「んっ♪ボクも、リース大好き♡」
人生の全部を捧げてしまいたくなってしまえるほどの破壊力から逃げたくなって。
ほんの、それはほんの一瞬、視線を端にやったとき。ボクは閃いてしまった。
あっちの世界にいるギンノとクオーレとも会いに行ける、
最高でたったひとつの冴えたやり方を!
アリス「ビアンカ!喜べ、思いついたんだ!みんなが幸せになれる方法を!!」
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ
アリス「あのこころのしずくにリライブしてやれば…………あ」
そこに、こころのしずくはもう置かれていなかった。
そうだ、ビアンカはいつもアレを大事そうに抱えている。
ずっと、見ていたのにどうして気がつかなかったんだろ?
ビアンカのことなのに気がつかないなんて、まだまだだな。
いつだってビアンカはボクに愛情の余地を残してくれる。
ほんと、愛くるしいんだから。
ボクは……ドキドキを抑えて、彼女の居るほうを振り返った。
アリス「ビアンカ、寝ちゃったか?」
どうして。
どうしてほんの一瞬でも目を逸らしちゃったんだろう。
あのドキドキの意味を、分かっていたはずなのに……。
ボクをドキドキさせてくれていた女の子は、
在るべき場所に居なかった。
Part48へつづく!