エリカ「調子はどうですの、アイリス」
アリス「お姉様」
ボクは、タマムシ大学に付属されている病院の個室のベッドから、上半身だけを起こして景色を眺めていた。
自然と科学が両立した緑の大都市に、桜の花びらが彩りを奏でるようにして舞い散る。
窓に反射して映るブロンズヘアーと赤いリボンの少女が微笑んでいた。微笑み返せば、向こうもまた手を振って微笑み返す。
エリカ「……心配なさらずとも、鏡に映る貴女は貴女でしてよ」
ボクを特別看護してくれていたオーキド先生の驚く顔が、最初に飛び込んできた景色だった。
それから大慌てで物事は進んでいき、エリカお姉様が駆けつけてきたときお気に入りの花簪も付け忘れて抱きかかえられた感触が、最初に包まれたぬくもりだった。
だが、ボクは決して見逃さなかった。テーブルの上に投げられていた開きっぱなしの手帳をボクに構うよりも前に、速やかに仕舞った行動を。
（隠されている？）
しかしその事を問おうにも、はぐらかされてしまい結局今日に至るまでわからずじまい。
タマムシのジムや施設の管理について纏めていた手帳と宣っていたが、そのような大事な公的資料をボクの病室なんかに野放しにするだろうか？
そう邪推している間に、お姉様は可愛らしくミミロルの耳を模して切ったりんごを目の前に差し出した。
エリカ「見立てでは、じきに退院できますわ。その際には、わたくしがサポートさせてもらいますの」
じきに。などとは曖昧な表現だ。しかし明確な日付が分からないほうがかえって安心して朝日を拝める。翌日ということが分かった夜は寝付けないから。
ボクは、フォークを持ってりんごをしゃくりと咀嚼する。実はカジッチュではないかと疑ったが、本物のりんごで安心。
アリス「かわいい妹を放っておけないのですね」
くすくすと悪戯な笑みを浮かべてみせる。
お姉様は、なぜか一瞬とまどいの色を見せていたもののすぐに柔らかく笑みをこぼして
エリカ「えぇ、アイリスは大事な妹ですもの。大事な、妹……」
どこか煮え切らない様子ながらも、反復して「大事な妹」と言葉に出す、そんな愛くるしいお姉様を見ていると心が安らいだ。
アリス「お姉様。ここを出たら、ポケモントレーナーになりたいです」
エリカ「…………！」
アリス「カントー地方を、ジョウトを、ホウエンを……シンオウもイッシュもカロスもアローラもガラルも。オーレとかニューアイランド、アルトマーレ、世界中を旅して回りたいな」
どうしてだか、色んなポケモンたちの知識は頭に浮かぶというのに、どうしても思い出せないポケモンが居て。でも、実際にこの目で見ていけば見つかるかもしれない。
エリカ「アイリス……」
アリス「心配、してるんですか？」
その瞳は、不安そうに小さな子供を監視するそれと酷似していた。
でもボクももう９歳、来年には晴れてポケモンを引き連れる年齢なのだ。
それにタマムシジムリーダーを務めるお姉様の妹として、恥ずかしくないトレーナーになりたいと願うのは間違っているのかな？
エリカ「なれると、よろしいですわね」
アリス「うん！」
ーーーーーーーーーー
オーキド「そうか。トレーナーになりたいと言っておったのか」
エリカ「普通の女の子であれば、健全な発想と思いますわ。ですけれども、あの子は特別……それに、まだ夢と記憶が混濁してらっしゃるのに」
オーキド「もう少し見ていてもらえんか。アイリスの、姉としてじゃ」
エリカ「……かしこまりましたわ」
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『ホウエン地方で大空を華麗に舞うポケモンらしき飛行物体が確認されました』
テレビを見ていると、どうやらポケモンが新たに見つかったというニュースが流れていた。
目撃情報によると、このような赤いイルカのような生物が飛来していたというイメージのイラストが飛び込んできた。
一説によれば、アルトマーレとの関係性が疑われているとか……。
アリス「きれいなポケモンだな……ボクも乗ってみたい」
そうぼそりと呟いた瞬間だった。
窓の向こうから、大きな気配を感じ取ってボクは急いでカーテンを開いた。
日差しとともに、そこにはついさっきテレビで見かけたポケモンとよく似たポケモンが空を飛んでいるじゃないか！
思わず、窓を開けて手を伸ばした。届くはずもないけれど、爽やかな風が体を吹き抜けた。そのささやきは突風のように吹いたかと思えば、おそるおそる目を開けると……。
「ひゅああーん！」
アリス「わぁ……！」
その美しいフォルムと、心地のいい鳴き声に心を奪われた。
愛嬌を振りまくように、くるくると羽を広げて旋回するではないか。
その感動と同時になぜだか懐かしい気持ちも込み上げていた。
ボクの控えめな胸は、彼女のことでいっぱいになった。
「ひゅあ♡」
目の前まで近づいてくると、ボクに笑いかけながら浮遊する彼女。
もしかして、乗せて連れて行ってくれるの？
そんな思いが頭をよぎった瞬間に、まるでその心を読み取ったかのように頷いた。
アリス「お名前は、なんていうの？」
「ひゅあーんっ！」
彼女の言葉が、ボクの心へと優しく伝わってきた。
アリス「ラティアス……いい名前ね！」
ボクは、ラティアスの柔らかくて大きな背中へ飛び移った。
しわの寄ったエプロンドレスを正して、彼女の背に両手を乗せて。
「ひゅあ！ひゅあ♬」
そのまま、ラティアスはボクを乗せると青空へと舞い上がった！
下をみれば、大都市のタマムシが小さく見えて一望できてしまった。
隣接する地方一の未来都市・ヤマブキだってドームのようにしか見えない。
アリス「ボクはアイリス。いつかトレーナーになって、世界中を見て回るの。ラティアス、あなたお友達になってくれる？」
「ひゅあぁーんっ♬」
出会ったばかりなのに、まるで古くからの友達のように心が通じ合っていた。
ボールなんてなくたって、ボクたちは以心伝心なんだ！
はじめてのポケモンが、ラティアスだなんて知ったらお姉様びっくりするだろうな。
ーーーーーーーーーー
エリカ「アイリス、元気で…………アイリス！？アイリス！いったいどこへ……！？」
ーーーーーーーーーー
アイリス「むにゃ……あれ、寝ちゃって……」
いつの間にやら眠ってしまっていたらしい。すべすべとした感触が肌を伝い、風を切る感覚によってボクは目を覚ました。
見渡せば、水に囲まれた見慣れない街に来ていた。ラティアスがここまで連れてきてくれたのだろうか？
「ひゅあ！」
アイリス「ラティアス。ここ、どこ？」
「ひゅわー♪」
アルトマーレ？
アルトマーレといえば、海の向こうのどこかにあるっていう観光街じゃないか！
瞼をこすって周囲をよく見ると、活気づいた市民たちがゴンドラや桟橋で楽しく商売をしていたり観光を楽しむ人たちで溢れかえっていた。
アイリス「すごいな……え、ここがラティアスの生まれた場所？」
こんなに綺麗な場所で生まれてこれたなら、どれだけ幸せだろう。
ラティアスは低空飛行しながら、慣れた動きでルートを辿っていく。
その目的の先には、立派な一軒家が佇んでいた。
「しゅわーん！」
するとどうだろう、いきなりラティアスとよく似た身体のポケモンが出現したではないか。彼女と違い、青いデザインをしており、まるで双子の兄妹のように思えた。
そのポケモンは、ラティアスに乗るボクに目を配ると目を丸くして羽ばたかせた。
そしてボクを降ろすと、ふたり揃ってイルカのような姿から一転して美男美女の人間へと変身したのだ。あまりの驚きに開いた口が塞がらなかった。
あぜんぼーぜん。
ラティオス「どうしたんだ、女の子なんて拾って」
拾って！？モノ扱いするなー！
ラティアス「呼ばれた気がしちゃって。一目惚れ？」
一目惚れだなんて、きゃっ。
おいてけぼりのボクをよそに、そのまま会話が展開していく。
ポケットに忍び込ませた手鏡とブラシで、風に揺られた髪を整えて待つことにする。
そうこうしているうちに、ラティアス？らしき白い髪の女の子に腕を取られた。
アリス「はわ」
ラティアス「びっくりさせてごめんなさいね。あなたの純粋な願いに反応しちゃって、会いに来ちゃったのよ。どうしてか分かんないけど」
ラティオス「確かに……妹の言うように邪気はおろか、むしろ惹きつけられるような魅力があるな。アリスといったか、妹のわがままに付き合わせてもらってすまないな。オレはラティオスと呼ばれている、よろしくな」
ラティアス「あたしのわがままじゃなーい！」
どうしてだか、初めて出会うはずなのに既視感があった。
前世なんて信じていないけれど、魂が覚えているとでもいうか……。
アリス「でもボク、ポケモントレーナーじゃなくて。お姉様のナゾノクサと遊ぶくらいで」
ラティアス「かんけーないよ！あたしたちは綺麗な心を持った人の前にしか現れないの、アリスちゃんにだったらいくらでも命令きいてあげる！」
腕にｷﾞｭｰｯとしがみついて、にっこりと笑って懐くラティアス。
その様子を、頭を抱えながらやれやれといった感じで呆れるお兄さん。
ラティオス「ったく、また勝手なことを。それよりもうすぐ出勤なんだろう、時間はいいのか」
ラティアス「あ！いっけなーい！じゃあまたねアリスちゃん！」
ぱたぱたと走っていくラティアス。よく見れば、ウェイトレスのような制服に身を纏っていた。彼女は人間に化けてメイドでもしているのだろうか？
よっぽど人間のことが好きなのだろう、あの人懐っこさから滲み出ている。
彼女を見送ると、ラティオスはボクを自宅へと招き入れた。
そしてソファーに座って一息つくかと思いきや、向かい合わせに座ったボクをじっと怪訝そうに見据えていた。
アリス「え、えっと」
ラティオス「偶然ではあるまいて」
偶然？いったい何を言っているのか、そもそもさっきから状況が突飛すぎて全くもって呑み込めていない。
呆気に取られているボクを見ると、ふぅ……とため息を挟んで言の葉の紡ぎを続けた。
ラティオス「覚えていない……のか」
意味ありげな仕草を取りながらそう呟くラティアス。もしかして、出会ったのははじめてではないのだろうか？
だとすればさっき感じたデジャヴも頷ける。
しかし、無理に思い出そうとしても頭痛が走りどうしても思い出せない。
「つっ……！」と頭を抱えるボクの姿を見かねてか、気が付けばラティアスの精悍な整った顔がすぐ近くにあった。
アリス「あっはは。心配しなくて…………んゅ!?……んん」
無防備なボクの唇を、彼の力強くも優しさを汲み取れる口に奪われてしまう。
９年生きてきて、男の子から、それもこんなにかっこいい男の子のポケモンからキスされちゃうなんてはじめてのことで思わず胸が高鳴ってしまった。
しかし彼のほうは、意にもとめずあっさりと唇を離すと気難しい顔をしてしまった。
えとえと……その、どうしたら？
ラティオス「ああ、いきなりですまない。このやり方が一番理解できるからな」
り、りりり理解って？
一目惚れってやつかな、どうしようボクこんなのはじめてで全然わかんない。
そうあわあわしていると、彼はすまし顔のままクールに続けた。
ラティオス「成程な……そういうことだったのか」
なんかひとりで納得しちゃってるんですけど。
ボクは顔が火照っているのを自分で確認しながら、ほっぺに置いた手をまだ湿りの残る口へとなぞってドキっとしていると
ラティオス「俺が終わらせてやる」
アリス「……ほえ？」
全然状況の追いついていないボクをよそに、覚悟を決めたように真剣な揺れる眼差しでボクのことを見つめるラティオス。と、トレーナーになったことないけれど仲良くなったポケモンとはこんなことだって普通なのかも……ということは、つまり舞い上がるなどまだまだ未熟ってことね！
よし。これが成長するということなんですねエリカお姉様！
ラティオス「しかし……ころころと顔を変えて面白いな。そうかそうか、これが純粋なアリスということなのだな。妹とよく似ている」
ら、ラティアスちゃんと似てる？
お兄さんが言うのだったら、そうなのかもしれない。あんな可愛らしいポケモンと似てるだなんて、一生自慢できることだ。
と思っていると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
ラティオス、すっごくクールな男の子でかっこいいな……。
（ぽわぽわ）
ドガシャアアアアアアンッ！！！！
アリス・ラティオス「！？」
唐突に大地を切り裂くような轟音が恒久な雰囲気をぶち壊した。
大急ぎで外へ繰り出すと、熾烈な一撃を放つ独特のフィルムを描いた恐ろしく巨大な怪物の姿があった。
ラティオス「あれは……レジギガスか！？」
いつの間にやら、元のポケモンの姿に戻っているラティオスがテレパシー越しに直接ボクの脳内に響かせるようにして語り掛けてきた。
レジギガス。なぜだろう、なぜだか聞き覚えがあるような……。
でも記憶中枢にモヤがかかっているようになっていて全く思い出せない。
ただただ茫然とその巨人が破壊活動している姿を眺めているだけだった。
ラティオス「何をしている、乗れ！」
ふわ～っと、サイコアシストでボクの身体を浮かせるとラティオスの蒼き背中の上に乗せられたかと思えばそのまま宙へと高く飛び出した。
アリス「おっきぃ……！」
空から見下ろしてみても、まるで遠近法がなくなったかのように大きすぎるレジギガスがアルトマーレの平和な大地に鎮座していた。
レジギガス「！……貴様、やはり此処に居たか」
どんな仕組みかわからないけれど、レジギガスもまた言語を発することができるようだった。いいや、正確には振動のように震える音が声のようになって受け取られている、といった方が正しいかも。
そして彼女の眼はどうやらボクに向けられているみたいだった。
とはいっても、初対面（おそらく）なのですがそれは。
ラティオス「…………アリス、奴に答える必要などない。オレが蹴散らす」
ラティオスの ラスターバージ！
レジギガス「届かん」
レジギガスの みきり！
レジギガスは ラティオスの こうげきをみきった！
アリス「！」
まずい、巨躯ながら割と器用な芸当がこなせるみたいだ！
このままじゃ押されてしま
ラティアスの りゅうのはどう！
レジギガスの背後にいつの間にやら駆けつけていたラティアスちゃんが、息を合わせて鋭い攻撃を切り込んだ！いいぞいいぞ、ナイスコンビネーション！
レジギガス「効かんな」
ラティアス・ラティオス「ッ！」
アリス「そんな！波動が完全に入ったのに……！」
伝説のポケモンと謳われているラティアスちゃんのタイプ一致高威力技を、それも後ろから直撃を受けてびくともしないだなんて。
これは本当にまずい、かも……。
レジギガス「退け」
彼女は、四角いプレート状に身体を光らせると鈍い音ともにとんでもなく極大のビームをラティアスちゃんへと向けて解き放った！
レジギガスの ギガインパクト！
ラティアス「きゃあああああああっ！！」
大きく仰け反ったと思えば、気が付けば遥か彼方まで飛ばされてどこか建物の一角へと潰されてガラガラと瓦礫の崩れる音が響いてきた。
ラティオス「許さんぞ！」
大事な妹を完膚なきまでに退けられた兄が、蒼いフォルムを紫色に発光させて全身から急速にエネルギーを渦巻かせていく。
よく見れば、彼の持つ青く光る水晶のような球体が煌びやかに輝いていた。
これが、ラティオスの力の源……？
ラティオスの ソニックエース！
サイコキネシスにも、ドラゴンクローにもよく似た美しい波動がリングの形を纏っていくつも高速でレジギガスへと襲い掛かった！
レジギガス「甘い」
レジギガスは、自分の身体を再びプレート状に光らせた。
するとどうだろう、なんと強烈な攻撃がどれも無効化されてしまった。
ラティオス「なん……だと……！？」
呆気に取られてしまうラティオス。
ボクにも、何が起こったのかまるで理解が追い付かない。
そんなボクたちを憐れむようにため息をつくと、言の葉を放った。
レジギガス「特別に教えてやろう。私のパーツはすべての属性を有している。あくとフェアリーの色を発現させることによって貴様の陳腐な技を無力とさせただけに過ぎん」
つ、つまりあいつは全部のタイプを複合している……っていうこと！？
そんな……。そんな神様みたいな相手、叶うわけが…………。
ラティオス「―――そうか。思い出したぞ、レジギガス。貴様は、ポケモンを創造した神・アルセウスと戦いこの世界に大地という痕跡を産んだ、いわばガイアの神」
ほんとに神様だった。
レジギガス「フッ……大昔の話よ。さあ、阿呆であっても身の程が分かっただろう。私はその少女に用があるのだ」
ラティオス「ほざけ！」
アリス「待って」
ボクは自分を乗せる守り神を制した。
ラティオス「アリス！」
かまわず、彼女へと対峙する。正直恐怖感が勝って手足はがくがくと震えていたけれど、それ以上に使命感が勝った。
アリス「レジギガス。ボクとの会話さえ出来れば、これ以上この街に危害を加えない、って約束する？」
レジギガス「返答によっては保証はせん」
アリス「うっ……と、とにかく！……ボクに何を伝えたいの？」
次に彼女が言い放った言葉に、天地が衝撃した。
レジギガス「アリスよ、貴様の持つそのチカラで何度この世界をやり直す気だ？」
――――――え？
一瞬、緊迫した空気のなか対面しているレジギガスの巨大な姿が、なぜだか人間の姿にちらついた錯覚がした。
それから間もなくして、急激な頭痛と嘔吐感に苛まれた。
フラッシュバックのような痛撃な感覚。
アリス「う、うううぅぅっ！！！！！！」
頭の中に直接さまざまな景色が入り込んでくる。
その情報量に脳がパンクを起こしそうだった。
「帰りましょう。お互いに、在るべき場所へ」
この、声は…………？
嗚呼。
どうして、どうして忘れていたのだろう。
ボクをはじめて、高い高い希望へと乗せてくれたあの子のことを。
「人は忘れるから生きていける、なんて綺麗事じゃんよ」
朦朧とする意識が、水を得た魚のように一気に覚醒された。
アリス「……セレビィ？」
宝石のように、エメラルドに輝く翡翠のポケモンが語りかけてきた。
それはまるで、淡い夢が折り重なった螺旋のように……。
セレビィ「あーたん。キセキを見な」
セレビィの タイムスパイラル！
まばゆいヒカリが、あたりを照らす……！
焦がれても届かなかった想いが、結晶となった瞬間。
アリス「！」
気がつくと、ラティアスちゃんの背中に乗ってタマムシの空を飛んでいた。
ここは、もしかしてさっきの……？
いいや、違う。
ボクは、彼女の名前を呼んだ。
アリス「ビアンカ」
ビアンカ「お姉さん！……良かった、憶えてくれたんだ」
ラティアスのフォルムをしてこそいるものの、紛れもなくボクと一緒に旅をしてきたビアンカそのものだった。
そして感じていた違和感が晴れた。ボクはその晴天の霹靂を覆すべく、彼女に命令をした。
アリス「ビアンカ、タマムシに戻って」
ビアンカ「かしこまりました！」
左舷４５度に旋回して身体を大きく翻して自然都市へと逆走していく。
タマムシシティは、確かに発展こそしているもののロケット団の施設はゲームセンターしか無い。マンションだってどこにでもあるような普通の集合住宅だし、お姉様のジムも花々に包まれた綺麗なジムの形をしている。
ボクは名もなき薔薇を胸に抱いて、彼女との会話を試んだ。
～タマムシ大学付属病院～
アリス「エリカお姉様！」
エリカ「……アイリス！どこに行ってらしたのですか、ご心配をかけさせてはなりませんわ！」
パタパタと、草履を踏み出して慌ただしく叱責するエリカ様。
アリス「ごめんなさいお姉様」
ふぅ、と息をつくと安心した様子でボクの髪を撫でる。
エリカ「ご無事でなによりですの」
ぎゅう、っと抱きしめられれば柔らかい着物の感触が全身を覆い上品な椿の香りが鼻をくすぐった。
アリス「……お姉様。お話があります、人のいない場所へ案内してください」
そう言うと、ハッとした表情で見据えた。心なしか、抱きしめる力が強く感じられる。
ボクは手を引かれるままに、先ほどまで入院していた病室へと戻され白いベッドシーツの上に座らされる。カーテンを閉め切ってカギを閉めるとすぐ隣に彼女も座り、離れないようにと手を握らされて。
エリカ「…………どうされましたか？」
神妙な面もちで、じっと見つめる。不思議と緊張はなく、心地のいい晴れやかな気分だった。
ボクは、強く強くナゾノクサと会ってみたいと密かに念じてみた。
するとどうだろう、お姉様の懐からモンスターボールが転がり落ちてきたのだ。彼女は腰を浮かして空いた片手でそれを拾おうとすると、手がおぼつかないのか間違えたのか開閉スイッチを押してしまい、よく見慣れたナゾノクサが可愛らしく鳴き声を発しながらにこっと微笑みながら出てきた。
エリカ「あらあら」
この一連の流れで、やはりとボクは確信に至った。
アリス「お姉様」
エリカ「はい」
アリス「ロケット団はいますか？」
エリカ「いいえ、一人の少年によって解散まで追い込まれましたわ。とても勇敢な殿方でしたの、アイリスと変わらない年恰好でしたけれど、あの目に宿る気持ちは本物でしてよ」
そっか。これが、本来在るべき世界線ということ、だったんだ。
胸をなでおろすものの、反面もやもやともしていた。
ボクは、ボクの歩んできた軌跡通りに記憶の額面を立てかけてみる。
きっと日記帳に書かれているであろう童話そのものを辿った。
そして、同じ質問を再び投げかけてみる。
アリス「ロケット団はいますか？」
エリカ「ーーーーーー」
ボクは、うつろゆく絵をバックに、震える喉を優しく絞めた。
最後に願ったのは、束の間の安らぎ──。──叶った先は……
「もしこれが戯曲ならぁ、な～んてひどいストーリーかしらねぇ
進むことも戻ることもできなくってぇ、ただひとり舞台に立っているだけなんだからぁ」
