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《Ride On The City》-桜花の虹彩- Part5

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タマムシ旅館ー

コンコンと、規則正しいノック音が刻まれる。うゅみではなく、来客のようだ。
これまでであれば、気配を消して隠れ蓑に徹していたが本日は星の将来に関わる重要な局面である。エリカは、快く迎え入れた。

エリカ「お入りなさい。ファイヤー」
グレアット「分かっていたんですかっ……」
巫女衣装を正しながら、速やかにドアを施錠しエリカへ一礼するグレアット。彼女の目線は一瞬でエリカの膝元で眠っているアリスに釘付けになった。

グレアット「アリスさんっ!」
はやるグレアットを、視線一つで制するエリカ。仕方なく、その場で足踏みをする。
エリカ「キサラギはどうしました?」
グレアット「え。え、えっと……路地裏の陰で隠れていますっ」
エリカ「よろしい。奴等が来るより早くあなたのお仲間も駆けつけてくるはずですわ、そのとき全てをお話しします」

まるで、どこかから一部始終を全部見通していたのではないかと感じるエリカの発言に正直恐怖感が走るグレアット。
この方には私であっても逆らえないのではないかと、直感が告げていた。

モンスメグ「いっちばんのり~☆あれあれ、二番煎じでしたあ、残念★」
威勢よくメグが登場する。だがその声色とは裏腹に、見るも無残な格好をしていた。ぼろぼろに焦げ落ちた肌、どうやってドアノブを回し、ここまで辿り着いたのか予想もつかない、傷だらけの手足。おしゃれに気遣う彼女らしからぬ、まるで布切れの集まりかのような服。このような姿のメグを見るのは初めてであったグレアットは思わず大声をかけてしまう。
グレアット「メグちゃん!?ど、どうされたんですかっ!?」
ぐいっと手を取って心配そうにさする。しかしメグは触れてほしくなさそうに、その手を跳ね除けてぽんぽんとはたいてみせた。
モンスメグ「ワイルドエリアだろおぉ?」
グレアット「言ってる場合ですか!い、いますぐ治療しますからっ」
懐から取り出したポーチから救急セットを用意するグレアット。

エリカ「モンスメグ。ヤナギは強敵と感じましたか?」
最も聞いてほしくないだろう質問をぶつけられる。だが意に介さず、メグはにぱーっとアイドルの笑顔で返してやった。
モンスメグ「ピンチはチャンス☆自意識過剰にアピールだー!」
ピースサインまでしてみせるメグに、目を丸くする。
エリカ「…………くすっ」
それは、隠蔽生活のなかではじめて零れた笑顔であった。
モンスメグという少女は、まぎれもなくアイドルだった。

ナツメ「エリちゃん」
シンパシーによってエリカの脳内に直接語り掛けるナツメ。エスパーとしての素質もあるエリカは、同じくシンパシーを使ってたどたどしく返した。
エリカ《あなたとマナ以外、お部屋に招待するわ。あなたたちは東西の道を見ていてちょうだい》
ナツメ「分かったわーーー」
その直後に、がちゃりとドアを開ける音が聞こえてくる。入ってきたのは6号とゆんにビアンカ、そして瞬時にテレポートして上空へ漂ったカルマの4人。アリス直下の仲間たちがここに集まった。
6号「あ、ありすさん!」ゆん「ありす様」ビアンカ「お姉ちゃん!」
同時に、安らかに眠るアリスへ向けて名前を呼んだ。

エリカ「寝かしつけてあるだけですの」
サラサラと金髪を撫でて、膝元へ密着させ離さない様子のエリカ。
離したくない、離すわけにはいかない、といった表現が正しいか。ポケモン達の目にはまるで、それは姉妹のような間柄にどことなく見えたからである。
グレアット「エリカ……さんっ。お話願えますかっ?」
代表して話を切り出すグレアット。

エリカ「ええ、そのおつもりですわ。そしてこれは、貴女達は知らなければならないこと。この子の……この子が今ここに居る理由ですから」

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~~~~~~~~~~

それは現在より9年前まで遡りますの。

まだ10にも満たないわたくしに、ひとりの妹が産まれましたわ。
わたくしやお母様とは似ても似つかない、綺麗な金色の髪をした女の子。
「希望」という花言葉にあやかって、アイリスという名前を授かりました。

グレアット「まさか……っ!」

エリカ「アリス……いいえ。この子こそがわたくしと血を分けたたった一人の妹・アイリスですわ」

それから順調に育ち、五年ほどの月日が流れた頃。
ある異変が起きましたの。

タマムシティー

アイリス「じゃあねー、あなたのお名前はうゅみー!そっちはー、かるまー♪」
エリカ「アイリス。いったいどなたとお喋りをなさって……!!!!」

ジムの端っこで、まだ幼かったアイリスが笑いながら嬉しそうに会話をしていた相手は、なんと幻のポケモンと伝わるミュウとセレビィでしたの。
現在のうゅみとカルマ張本人そのものですわ。

わたくしが驚いたのは、ミュウやセレビィをこの目で直接目撃したこともですが、人前に一切姿を現さない二匹が、揃って仲睦ましくアイリスと会話をしていたことです。
理由もなしに現れるわけがありませんが、まだアイリスはポケモンそのものと接したことこそあれど、トレーナーとしての知識は一切無かったのです。
懐かせ方や扱い方の、イの字すら理解しておりません。
せいぜいわたくしの相方であるナゾノクサや、同じジムの同業者がたまにアイリスと遊んであげる時に、フシギダネハネッコといった小さな植物ポケモンとじゃれあう程度。よもや、人生で一度すらお目にかかれないようなポケモンが、それも同時に二匹も訪れるなど……わたくしは何度も目を疑いましたわ。

それからわたくしは、こっそりと妹の様子を観察していましたわ。
生け花修業や、生家の香水の製造引継ぎ、次期ジムリーダーとして学校に通ったりと非常に目が回るような忙しさではありましたが、それでも時間が空いた時にはアイリスを見て、彼女についての噂は聞ける範囲でみな聞いて回りました。

そのうち、分かったことがありましたわ。
それはある日、授業の一環でマダツボミウツボットへ成長させる実習訓練のさなかでした。
知っての通り、リーフのいしというウツドンの生体エネルギーを増幅させるアイテムが無ければウツボットにはなれません。お恥ずかしながら、わたくしも当時はまだ未熟であり、進化させる方法を調べて学んでいましたの。
ですが……。

アイリス「うつどんですかー?」
エリカ「こら。その子は溶解液を持っておりますわよ、うかつに触れれば怪我しちゃいます」
不用意に撫でようとしたアイリスを止めようと、わたくしが近づいたその時でしたの。アイリスの無邪気な手がウツドンの葉っぱに触れて名前を呼んだ瞬間。
目を覆うような強い光が発生して……わたくしが視界を開いたときには。

アイリス「おっきーですのー♪」
エリカ「な、なんですって……?」
きゃっきゃと両腕を広げて微笑むアイリスを、腕の役割の部位である大きな葉で優しく包み込んで触れたのは、ウツドンから進化したウツボットでしたわ。
聞いたことがありませんでしたわ。何せリーフの石自体、その時持ってなどおりませんでしたし、人間がポケモンのエネルギーを引き出すなんて話……。
そこでわたくしはひとつの疑念を抱き、ある種の実験としてマンションからイーブイをお借りして、アイリスに一日預けてみました。
最初はイーブイとじゃれあうだけでしたが、翌日学校と習い事から帰ると……。

アイリス「にゃんにゃんですの~♪」
イーブイは、この地方で見たこともないお姿になっておられました。
紫色の毛色に、分かれた尻尾、輝く宝石、そして学友のナッちゃんと近しい超能力のエネルギーに満ち溢れておられて……。
聞けば、エーフィという名前でイーブイがトレーナーに対して深い愛情を抱いたときにお日様のエネルギーと反応して進化するポケモンとのこと。
当時は本気で151匹しかポケモンは居ないと信じられていた時代でしたので、カントー地方に揺るがす大激震でしたわ。これを機にジョウト地方との国交が結ばれたとか……。

お話がぶれてしまいましたわね、閑話休題
この事件で、わたくしの疑念は確信へ近づきました。
その間もアイリスはミュウ・セレビィとよく遊んでおられましたので尚更。

それからわたくしは、ある目的のためだけにジムリーダーを引き継ぎ、香水の取引も統括し、さらに最優秀の成績を収めて大学教授の資格も得ました。
それによって莫大な資金と技術、人員を駆使することが可能になり、わたくしはある機械の開発に着手しました。
すべては、アイリスの持つであろう特別な力を知るため。

禁忌の発明のために、裏社会にも顔を出すようになり、遺伝子を専攻するフジ博士やエラーイ博士とも知り合い、また表社会で絶大な権力を誇るオーキド博士やウツギ博士にも協力を募って、それは一大プロジェクトにまで発展しました。
そして紆余曲折を経て、その発明は成功しましたわ。
ポケモンの気持ちを人間の言葉で翻訳する機械の誕生です。
ミュウとセレビィに直接聞けば、答えが導かれると思って作った代物ですわ。

そこで遂に判明したのです。
セレビィはあまり協力的ではありませんでしたが、わたくしがアイリスへと抱く愛情はよく知っていましたから、2人きりになってアイリスの特性を告げてくれました。

カルマ「あの子は、ぼくレベルの存在を含む全てのポケモンから愛される奇跡の子じゃんよ」

そう。アイリスはこの世界でたったひとり、この世界にいるポケモン全員、全種類、たったひとつの例外もなく、純粋に愛されるという特性の持ち主だったのですわ。
ポケモンの生みの親たるミュウが現にアイリスを気に入って、彼女の前だけではありのままの姿を見せることから明らかでした。

ですが、それをロケット団に感づかれ利用されてしまいます。
もしロケット団にアイリスの存在を知られてしまっては、とんでもない災厄ですわ。
大事な妹を悪事になど使わせるわけなどいきませんもの、そこでわたくしはアイリスを秘匿するため、技術を総結晶させて作り上げた特別な香水ーメモリーズ・アロマーを用いて、アイリスを知る人物からアイリスの記憶を抹消させて事なきを得ます。

その後わたくしはサカキに従い、信用を勝ち取ることでアイリスのことを知られぬまま年月が経ちました。
ですが、時代の進歩というのは良いことずくめではありませんのね。

マサキという天才開発者の登場で、どこにいてもポケモンやメールを輸送、運用ができるというシステムが開発されました。それによってトレーナーのプライバシーや歩んできた経歴を調べることすら容易になりました。その手軽さと伝達力、普及によってわたくしはアイリスを秘密裏に隠し通すことに限界が訪れました。
そんな折、サカキからひとつの計画が言い渡されたのです。

レジェンズ計画』
伝説のポケモンも、歴史的価値のある資料のひとつと数え、その名目で他のアイテムと同じようにロケット団に保護することで、絶対的な力を誇示するという壮大な理想です。
そこでわたくしにひとつの考えが頭をよぎりました。

ゆん「も、もしや……わたくしと旅をなさったのは」

エリカ「アイリスの記憶のほとんどを抹消し、別人格として人生を用意することで、わたくしとは無関係のトレーナーに仕立て上げて、このレジェンズ計画の中心人物へと抜擢することですわ」

『「!!!!!」』

姉のわたくしを真似して、わたくしとよく似た口調の子でしたがそのような些細なことでも疑われる可能性があると念には念を入れて、粗暴な男の子のような喋り方をさせました。また重大なプロジェクトを任される以上、この世界に関する知見は表から裏まで幅広く記憶させましたわ。そして、最も重要であったのはわたくしの管轄に置くこと。
しかし、逐一連絡を取り合っていては怪訝に感じる者が出てくると踏み……。

アイリスの特性を最大限に生かせるよう設計し、なにか有事の際にはメタグロスの演算能力を用いてさまざまなポケモンの特徴を応用して現実に作用できるバッヂを持たせましたの。
それがうさぎの懐中時計に模した、改変能力を有したオブジェクト。

~なかよしバッヂ~

これはアイリスの持つ唯一の特性があって、はじめて機能する代物。
ミュウの能力によって外部には一切感知されることなく、この世界に生きるすべてのポケモンがアイリスを愛し信頼して、ジラーチによって作用させてチカラを貸してくれる、まさに希望そのものですの。

それからは、あなたたちが知っての通り……。
アイリスはわたくしの妹などと誰も思いもしなかったことでしょう。
その事実を知るうゅみとカルマが常に彼女を守っていたのですから。

ですが、イレギュラーが発生しました。
それはマサキとうゅみの接触、そしてカルマとレックウザ接触ですわ。
わたくしなど所詮一介のトレーナーに過ぎず、カルマであっても同等の力を持つ相手との衝突は防ぎきれません。更に都合の悪いことにその際、うゅみは忌まわしき千年彗星を用いた装置によってチカラを失っていました。

それにより、マサキはわたくし以外にただ一人アイリスの特性を知ってしまいました。
また、観測者に目をつけられたことによって、わたくしも枷がかけられてしまい、アイリスを守るためのチカラの半分を失ってしまいましたわ。
ーーー想定しうる最悪の事態が起きてしまいます。

マサキは何もなければ無害の人物ですが、特殊な遺伝子を持っているがゆえにわたくしのメモリーズ・アロマが効かず、さらにあの方は自分の研究のためであれば人やポケモンを傷つけることも厭いません。
いったい何を企みになっておられるか不明ですが、事もあろうことかヤナギの野望に協力をしたのです。

ヤナギの野望とは、一言でいえば《時の支配》ですわ!
目的は闇の中ですが、セレビィの持つ時渡りを悪用するおつもりでしょう。これまではわたくしとアイリスの管轄にあったため安全でしたが、マサキからの証言によって隠し通していた真実が発覚。
野望を叶えるためには、セレビィを従わせているアイリスという存在が邪魔になる……。
そこでヤナギは、上司であり今や社会を牛耳っているといっても過言ではない力を持つサカキに話を持ち掛け、先の襲撃に繋がったのです。

わたくしが出来る最後の抵抗は、再びアイリスの存在を消し、妹を知る人物の記憶を消すことのみ……。そのためにアイリスの友達であるうゅみに頼んでこの一室に匿ってもらい、カルマに頼んでナッちゃんやあなたたちに強引な手段ながら協力を乞うたとあいなる訳ですの。ですが、最早それも意味のないこと……。
彼らはもうじきに攻め込んでくることでしょう。
虫の良すぎる話とは重々承知の上です。ですが、ですが!
わたくしは、この生涯をかけてでもアイリスに幸せになってもらいたいのですわ!

エリカ「…………お話は、以上ですの」

しばらくの沈黙が流れ、七人も集う一室は静寂に包まれた。
その均衡を破ったのは、やはりというべきか彼女だった。

6号「ありすさん……いえ、アイリスさん。私は、アイリスさんのことが大好きです。そんなよく分からない特性によって引き合ったものであったとしても、今こうして感じている感情は、湧き上がる熱は……私のものです!私は、この身を賭してでもアイリスさんを守りたいです!きっと、いいえ。必ずここにいるみんなも同じ気持ちですから!そうですよね、グレア!メグさん!ゆんさん!ビアンカ!」

自慢の三角帽子を取り、周りの仲間へと問いかける。
自信に満ち溢れたはずのその表情には、不安や心配の色も混ざっていた。

ビアンカ「お姉ちゃんとはじめて会ったときね、なんでか分かんないけれど絶対に救わなきゃ!って思って背中に乗せたげたの。それがお姉ちゃんの能力だったとしても、でも今は後悔してないよ。それに今の話をきいて、お姉ちゃんの心の中がまっくらだった理由も分かった。お姉ちゃん、本当にカラッポなんだね……だからね、ビアンカが!ううん、お兄ちゃんと、ここにいるお姉さんたちと一緒にお姉ちゃんの心にお花を咲かせてあげたい!」

一番付き合いの期間こそ短いものの、それでも気持ちでは負けていなかった。彼女ができるアイリスとクオーレへの最初の恩返しになれるなら、という想いが強いから。

モンスメグ「ありすちゃんは、ありすちゃんらしく生きていく自由があるよ。
大人たちなんかに支配させたりしない。諦めちゃったらありすちゃんは何のために生まれたのかな?」

応急措置してもらった腕の痛みをこらえて、メグはこの歪んだ社会へと吠えてみせる。
アイリスを想うという、ただ一本の槍を雷鳴に轟かせたように見えた。

ゆん「エリカ様。貴女の、妹様への……アイリス様への愛はご立派です。人は一生を賭けても人ひとりを守れるかどうか、わたくしはエリカ様へ墓前の花をお供えになるときが来れば、妹様を守り続けて貫いた誇らしい人生であったと、そう言い残しますわ」

アリスとして作られたアイリスとはじめて隣に並んで旅をしてきた彼女は、アイリス相手ではなく、あえてエリカへの敬意を払ってみせた。ゆんは、エリカを認めたのだ。

エリカの語ったエピソードに、嘘偽りはないことを証明するために黙っていたカルマが、重たい口を開いた。
カルマ「あー…………あいりすたんのために、ありがとじゃんよ」
照れながら、恥ずかしそうに髪を掻きながらそうひとこと。
モンスメグ「あいりすたん♡だなんて、かるるんきゃーわいい☆」
6号「そ、そんな愛くるしい呼び方をしていたんですか本当は!」
ゆん「あらあら」
ビアンカ「お、お姉たん……///」
途端に、いつもの調子が戻ったようにわちゃわちゃと談笑するメンバー。

そこに、ひとりの少女が灼眼ひとつでその場を硬直させた。
グレアット「エリカ」
応えるように、アイリスの髪を一撫でして抱きかかえるエリカ。
エリカ「はい」
グレアット「私にも、温もりを感じさせてくださいっ」
その曇りないお願いに、エリカは素直にアイリスを、グレアットの腕の中へと預ける。
グレアットは、眠れるアイリスの頬を撫で、そっと柔らかな口づけを送ると、自分の身につけていたやすらぎのすずを彼女のリボンへと付けてあげた。
そして、そっとエリカへ優しく戻してあげると、いくつもの煤がつき黒く焦げたやすらぎのすずを自分の首元へと飾り、すーっと呼吸を置いて。

グレアット「エリカ、ひとつ問います。アイリスさんの……アリスさんとしての記憶は元に戻るのですかっ?」

その質問に、みなが注目した。
怖くて踏み出せなかったであろう領域に、彼女は足を踏み入れて見せた。
最もアリスという人物を慕い、愛する者として、避けては通れない道。
エリカという茨は、目を閉じて、静かに答える。

エリカ「アイリスという花言葉、希望以外にご存知ですか?」
グレアット「…………」
エリカ「それは””信じる心””ですわ」
ゆん「信じる……」6号「こころ……」
ビアンカ「お兄ちゃん……」

エリカ「わたくしであっても、確証はありません。アリスという人格はあくまでも彼女を守るための一時的なシェルター。シェルターという殻には感情は伴っておりません。酷な話とは思いますが、わたくしにとってアリスは必要のない人物です」
モンスメグ「無責任」
エリカ「そう罵言を浴びせられてしまっても仕方がありませんわね。本当に、本当にあなたたちへは苦労をおかけします。全部、わたくしのわがままなのです。わたくしが、あの時余計な探り入れなどしなければ、あなたたちを苦しめることにはならなかったでしょう!」
彼女の着ている高級な着物が、一滴分濡れていく。
一滴……また一滴と……。
エリカ「わたくしに出来ることは、信じることしかありませんの!この町の安全を……平和を……そして、最愛の妹が幸せな人生を歩めることを信じ続けることが、わたくしに課せられた使命ですわ!」
ついに漏らした、毅然と立ち振る舞う大和撫子の弱音だった。
彼女は、重たい肩書きなどいらなかった。
ただひとりの姉として、妹を危険から守ってあげたいという過保護だけが残っていた。
そんな情けない姿を激白した彼女に対し、グレアットはその漆のように美しい黒髪をそっと優しく撫でていく。

エリカ「グレア……ット……?」
グレアット「Ave Erika, gratia plena,
Dominus tecum,
benedicta tu in mulieribus,
et benedictus fructus ventris tui Jesus.
Sancta Maria mater Dei,
ora pro nobis peccatoribus,
nunc, et in hora mortis nostrae.
Amen」

それは、聖女へのお祈りの一節であった。
ただひとつ異なる点は、マリアではなくエリカへ詠っていること。

グレアット「やっと本心でお話をなさってくれましたねっ」
天使のように微笑みかける。それは、人間を忌み嫌う彼女がアイリス以外にはじめて見せた面持ちであった。
エリカが涙ぐみながら、彼女の手を取ろうと差し伸べたその時。

ナツメ「来たわ!早速応戦してちょうだい!」
マナ「一刻の猶予もないぞ」
サカキとヤナギの襲来が、ふたりの時間を引き裂いた。
エリカは右手を翻すと、その右手を掲げて司令官として命令を下す。
ひとりの姉から、タマムシを守るジムリーダーとしての面構えへと一瞬で変貌を遂げた。

エリカ「……ふぅ……。神様はいないのではなく、ただ残酷なだけですわね。グレアット!モンスメグ!ビアンカ!出迎えなさい!6号とゆんとカルマは後方から支援を!わたくしも参ります!」

モンスメグ「緊急ゲリラライブの開幕だー☆」
6号「そんな満身創痍でステージを踊れますか?」
ビアンカ「丁重にお迎えしなきゃね!」
ゆん「わたくし達は損な役回りですこと」
マナの先導で、次々と外へと出陣していく面々。グレアットは、エリカとナツメへ一礼をすると、彼女たちを追いかけていった。
カルマ「エリカ」
普段のような影のある表情とは違い、朝日のようにまぶしい表情をしていた。

カルマ「今となっちゃ、感謝してるじゃんよ……ヒトの姿にしてくれたこと」
エリカ「カルマ……。……あなたにまた、我が侭を頼んでもよろしくて?」
仕方がなさそうに、しかしながら頼られるのはまんざらでもない様子で鼻で笑う。

カルマ「いつものことじゃんね」

タマムシ街内ー

現場の指揮を執るナツメが、号令をかけてメンバー達を鼓舞していた。
ナツメ「戦力はわずか二人とは言え、私たち財団幹部を束ねていた男達よ!決して、気は抜かないでちょうだい!さぁ、行くわよ!」
それぞれが、東側から攻めてきたサカキ陣営と西側から迫りくるヤナギ陣営へ向かって勢いよく突撃していく。

キサラギ「てめえらのお手並み拝見、といこうじゃねえか」

次回に続く!

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