ヤナギ「しかしやってくれおったな……我が精鋭は壊滅、チョウジの組員も全滅……キサラギとかいう若造はアテにならん」
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サカキ「幹部はみなエリカの言いなり、まともに連携も取れん。もはや我がロケット団は傀儡に成り下がったか……」
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ヤナギ「結局のところ、わし一人」
サカキ「残るは俺一人となったわけだ」
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ヤナギ・サカキ『だが、それだけで充分よ』
ーほのおのやまー
どの地方からも遠く離れた大陸にある巨大な活火山。何層もの溶岩が侵入者を食い止め、地元では火術要塞とうたわれる火山であった。
その最奥に位置する洞窟神殿に、ひとりの少女が黙祷を重ねていた。
少女の後ろには、数十匹もの炎のポケモン達が連なり彼女を崇拝する。
ぎゅっと、やすらぎのすずを握りしめる。彼女とアリスを繋ぐ唯一の宝物。
そしてこれこそが、彼女自身の記憶をリムーブしたところで変わらない手がかりでもあった。不死身である彼女の炎を纏い聖遺物と化したこの鈴は決して壊れず、一生残り続けるからである。
ポケモンの様子を確かめようと、ふと後ろを振り向いた。振り向いた先に、さっきまで居たはずの炎ポケモン達は跡形もなく居なくなっていた。
グレアット「……っ!?」
絶対の信心を勝ち取っているポケモン達が、無断で勝手に帰るはずがない。
その異常事態に気づき、羽織っていた千早を翻すと一人の青年が声をかけてきた。
キサラギ「探したぜぇ!オレさまに本気を出させた、たった一匹の伝説さんよお!」
グレアット「貴様……っ!」
アリスにとって宿敵であるキサラギがそこに立っていた。地方に登録すらされていない、この遥か彼方の大地まで尾けていたというのか。彼女は高温の青い吐息を吐いてキサラギをキッと睨み付ける。
キサラギ「まあ待てよ。あいつのこと探してんだろ?」
アリスのことを指していると察した彼女は一度取った臨戦態勢は変えぬまま、しかし話だけ耳に入れようと判断し、待機してキサラギを窺った。
キサラギ「オレ様も同じだ。ここは利害関係として一時共闘しねえか?」
グレアット「なんですって……っ?」
キサラギはグレアットのほうへと堂々と毅然した態度で歩み寄る。その行為は、彼女と戦う意思ではなく、彼女と手を取り合う意思のように彼女には見えた。
キサラギ「あのジジイの夢も、サカキの野望も、オレ様にとっちゃどうでもいい。オレ様はただ強い奴とやり合いてえだけなのよ。いろいろ考えてあちこち回ってたんだが、オレ様と同じ土俵に立てる資格があるのは、てめえを従えてるあいつだけだと確信した」
その言葉の本意は掴めなかったが、自分のマスターを高く買ってくれていたことだけはひしひしと伝わってくる。そしてヤナギとサカキ、すなわちロケット団相手は眼中にないイコールいざとなれば共に協力して組織を壊滅させてくれる可能性もあるように思えた。
キサラギ「でだ。こないだあいつが行ってたっていうホウエンに足を運んだんだけどよ、なんでかあいつの足取りが全然掴めねえ。殿堂入りデータにも記録されちゃいねえし、アクア団とマグマ団を脅してもシッポひとつ出てこねえ」
その話を聞くに、カルマが話していた記憶の操作という話が真実だという裏取りが取れた。やはりエリカが裏で操っており、アリスを巨悪から守ろうとしていたのだ。
しかしそんな思考を悟られないよう、グレアットは眉一つ動かさずに黙って聞くことに専念する。
キサラギ「ま!あいつがわけわかんねえトリック使って仕組んでんだろーけどよ!肝心なのはそこじゃねえ、てめえが大事そうに持ってるその鈴!それがキャスティングボートを握ってんじゃないのか?おう?」
グレアット「っ!」
どこからそんな結論に辿られたのかは分からないが、類まれなる卓越した洞察力を有していることだけは確かだった。
キサラギ「図星か?だよなあ。ふつうの鈴ってえのは熱に強いように出来ている、中に土やら陶器やら入っているおかげで燃えねえからな。だがてめえほどの火炎になってくると話が変わる!不思議に思ってたんだぜ、どーしてその鈴も神楽の服も、ぜんっぜん燃えねえのか」
彼の疑問は当然の摂理だった。グレアットは常に消えない数千度以上の熱を有しており、人間の姿であってもファイヤーというポケモンの遺伝子である以上、その特性は消えない。本来であれば服を着るどころか、何かが手に触れただけで一瞬で消し炭と化すだろう。
キサラギ「グレアットっていったかてめえ。その炎はブーバーなんかが出すようなただの炎じゃねえ、この世に存在しねえ元素から成り立つ、いわば神聖なる炎だ。オレ様はリーグでのあの戦いの後、てめえが落としたその衣装の切れ端をそっと拾って解析してみて分かったことがある!」
グレアット「そんなことしてたんですかっ……」
キサラギ「オレ様は徹底した執着主義だからな!グレアット、てめえの炎には大きな特徴がいくつかあった。まず向ける矛先によって自在に熱量と温度を変えられること!てめえが敵と認識してはじめて普通の炎以上の桁違いの灼熱に変わる。逆に言りゃあ普段は炎にもかかわらず人間の体温と変わらねえ特殊な炎ってこった。これが人を乗せて空を飛べるメカニズムだな」
彼の分析は正しかった、その執着ぶりには肝を冷やす。思わず目を見開いてしまう。
そのわずかな変化を知ってか知らずか、キサラギは彼女へ不敵な笑みを向ける。
キサラギ「そして、だ。どうしてオレ様がてめえの居場所が分かったか?……ここまで話せば分かってんよな?」
グレアット「……お見通し、ということですねっ」
キサラギ「ペアルックで揃えてんだろ?ルチアってアイドル気取りの女からウラ取ってるぜ」
アリスに関わった人物はしらみつぶしに聞き込み回っていたようだ。その執着心に脱帽するしかなかった。数か月もの長い間息を潜めていた理由がわかり、ホっとする反面ゾッとした。確実に敵に回してはならないと本能が訴えかけてきたからである。
そして、キサラギという肉体を灰にするなど造作もないことではあるが、幼馴染であるアリスがそれを知れば、非常に悲しむだろう。アリスの涙目が頭に浮かび、ぐっと拳を握りしめてはやる気持ちを抑える。
グレアット「……ですが、私もあの方の居場所は分かりませんよっ」
キサラギ「そこだ。なぜ分からない?もっとよく考えてみろ、灯台もと暗しったあよく言ったもんだぜ」
グレアット「灯台……?身近な存在……身近……も、もしかしてっ!?」
キサラギ「エリカばかりに気を取られすぎだけどよ、そもそもそのエリカすら、組織が本腰上げても見つからねえ時点で気づくべきだった」
相反していたふたりの脳内には、同じ一人の少女の姿が出来上がっていた。
グレアット「行きましょうっ、キサラギさんっ!」
キサラギ「あてはあんのか?」
グレアット「はっきりとは分かりません。ですが目星は付いていますっ!乗ってくださいっ!」
アリスに次いで、人間を背中に乗せるのは2人目。それは彼女がキサラギというアリスのライバルを、認めた証拠に違いなかった。
キサラギ「そこはあいつの特等席だろ?構うな、オレ様はピジョットの上からしか空の景色は見たくねえ」
ーヤマブキシティー
ビアンカ「挑戦者のお方ですね!ヤマブキジム名物・ワープパネルへとご案内しまーす♬」
マーシュ特製のウェイトレス衣装に身を包んで、ジムへ挑戦するトレーナーへのガイドに従事するビアンカ。彼女はジム以外にも、広大なヤマブキシティの至る施設で案内をしており、ヤマブキという大都市の看板娘にもなっていた。
彼女見たさにこの街の鉄壁とも言えるゲートを抜けようとする者まで現れるほどだ。
そして、そんな不埒な輩には6号が相手をしていた。
6号「はいはーい。どうやってサ・ファイ・ザーでも壊せないこのバリアーをハッキングしたかは分かりませんが、犯罪ですよ~。お引き取り願いまーす」
イリュージョンを直接ぶつけて、行動ができなくなったところに連絡を回したナツメの配下たちが捕らえに駆けつける。連携作業でこの街の安全を守っていた。
さらに上空から、その輩やほかに様々な悪事を企てようと図る者たちを監視して回るゆんの姿。それ以外に世話好きな彼女はボランティア活動や、大型病院で看病したりと非常に多忙なローテーションを組んで過ごしていた。
そんな彼女たちを取り締まっているナツメは、マナと共に世界を股にかける大物女優・ジュジュベとして映画や舞台に出演し続けていた。
アカネとアスカは、危険と隣り合わせでありながらもコガネシティに戻り、ヤナギの動向を窺いながらいつでも他のリーダー達と交戦できる手筈を整えており、エリカの真意を知ったミカンもまた、アカネと共闘してアサギシティで虎視眈々と構えている。
決して争い自体が終わったわけではない。
エリカに代わってナツメの指令のもと、カントーのリーダー達はサカキを見限ってそれぞれが自分の縄張りを守ることに命を懸けている。
ロケット団という役職には就いたままだが、それはサカキではなくエリカを正義として取り組んでいるに過ぎない。サカキが動き出せば、大きな戦争は免れないであろう。くわえてヤナギという存在もあり、どこも緊張が張り巡らされているのが現状のカントー地方であった。
ーシオンタウンー
カツラ「しかし妙じゃの……」
フジ「平和に越したことはあるまいて」
ポケモンタワーで墓参りをして回るふたりの老人。既にロケット団からは退いており、隠居生活を送ってはいるものの、元関係者である以上なにか有事があれば抗争に巻き込まれることは避けられない。ゆえに2人は常にモンスターボールは隠し持っている。
カツラ「解散でもしおったのか?あまりに不気味じゃ」
フジ「じゃったらわしからすらあこの上ない幸せじゃな」
カツラ「……しかしわしらの結晶が今や時をかけるスターとはの」
フジ「なんじゃ?サイン色紙はやらんぞい」ヒョイ
カツラ「がくっ」
フジ「慈しむ心。それさえあれば、何もいらん」
ガラガラに花を手向けたフジは、拝みながらそう呟く。
カツラ「未来を創るのも、切り開くのも、若人の役目。ワシらにできることは、その未来のために過去を断ち切ることじゃのう」
フジ「……よいのか?」
カツラ「罪を償うとは、こういうことじゃろうて」
静かな慰霊塔であるポケモンタワーに相応しくない銃声が、二発分響いたーーー。
ーチョウジアジトー
捕虜となり、身柄を拘束されたメグ。ヤナギこそは不在だが彼の使役するデリバードに常に見張られており抜け出す余地はないと察した彼女は諦め半分にぐったりと寝転んでいた。
足元には地雷原ー刺激があれば自爆するよう命令されているビリリダマやイシツブテによるーが張り巡らされており、ただ姿勢を変えることですら用心深く観察しながら体を動かす。このような状況ではヤナギの気が変わるか、助けが来ない限り一切身動きは取れない。理解はしていても、それでも彼女の脳内では脱出劇のシミュレーションが無数に展開されていた。
デリバードの力量は測るまでもなく、ヤナギが抜擢したということだけで充分すぎるほど意味を持っている。微かでも抵抗する素振りを見せれば冷気魔法が待っているだろう、それも自分自身に当てられるのであればまだしも、地雷原という存在が想像以上に障害となっていた。いかに強靭なメグと言えども拘束下にあって爆風から満足に逃げ切ることは困難であり、エクスプロージョンと同等かそれ以上の威力を持った爆発などまともに食らえば命の保証……よくても四肢の保証などない。
そこまで読めている彼女にとって、本来であれば焦って脱出を図る必要はない。大人しく時を待てばいいだけである。
だが今の彼女にそのような余裕などなかった。
モンスメグ(こんなことしてる場合じゃない、ありすちゃんを助けなきゃ……!)
単身で本部のチョウジまで乗り込んできたのは、ひとえに諸悪の根源たるヤナギを潰すため。しかし現実はヤナギ配下の組織員を機能停止させるのが関の山だった。
何よりも恐ろしかったのは彼女が出会ってきた誰よりも、ヤナギという男は格が違うという事実。失敗に終わったとは言えジムリーダーを話術ひとつで丸め込む人心掌握術と、たねポケモンに過ぎないウリムーを口先ひとつで伝説以上にも匹敵する強さへと変える調教能力。カントーロケット団を謀反したと思い込ませその実、手を組んで画策する計画性の高さ。恐らくは手駒の殆どがやられることまで想定済みなのだろう、そうでなければ拠点から腰を上げぬあの冷静沈着さは成しえない。
脳内では分かっている。
自分では勝てない。
だがマスターの力になりたい気持ちが遥かに上回った。
このまま待っていても、何らかの手段を用いられて自白させられるか記憶を解析されてアリスの居場所を割り出すための道具にされてしまう。
ーーーならば。
モンスメグ「レールガン」
瞬間的に、一気に全身から電気を解放してみせた。
彼女の覚悟は相当のものであったのだ。
ータマムシ旅館ー
うゅみ「やっほぉ。調子はどうかしらぁ」
至る遺伝子を応用し、一切の万物から察知されることなく現れれば、エリカへと近況報告を送る。外界とシャットアウトしているエリカにとって唯一の情報源なのだ。
彼女は眠るアリスのブロンズヘアーを櫛で整えながら話す。
エリカ「そろそろ頃合いですわね」
大きな赤い赤いリボンを巻いて頭頂部へとつけていく。
うゅみ「だったらぁ……そろそろそのベルを転がそうかしらぁ」
グレアットとペアルックで揃えたアリスのやすらぎのすずをミニスカートのポケットからそっと取り出して見せる。
エリカ「賽ならぬ、鈴が投げられた時───この子にとってのはじまりですの」
エリカの表情から心配の色は消えていた。
そして重たい腰を上げ、部屋に久方ぶりの明かりが射し込まれる。
エリカ「悲願の日が参られましたわ。わたくしが終わらせます!」
ーヤマブキシティー
誰に言われるわけでもなく、まるで導かれたかのようにナツメが統治するヤマブキジムへとみな集まっていた。
6号。ゆん。ビアンカ。マナ。そして、カルマ。
失っていたものを取り戻すかのように、覚悟に満ち足りた面構えをしていた。
ナツメ「……やっぱり来たのね。予感がしたのよ!」
ロケット団の制服でも、女優ジュジュベのヴェールでもない。
赤き衣装に身を包み、鋭き眼光は潜め優しい瞳で彼女達を見守っていた。
怖いものなど見たこともないと言わんばかりの、純粋で無邪気な光の目。
これが本来のナツメの姿。
ロケット三幹部としてでも、ヤマブキジムリーダーでもなく、
エスパー少女・ナツメである!
ナツメ「エリちゃんのもとへ向かうわよ」
カルマ「遂に来たじゃんね」
6号「うずうずしていましたよ」
ゆん「意は決しておりますわ」
ビアンカ「お姉ちゃん救出大作戦だー!」
マナ「違うな。愛と友情、勇気の大作戦だ」
エリカから施されていたアリスに関する記憶抹消は既に無意味と化した。
ナツメは予知していたのだ、これより一刻ののち……。
サカキとヤナギがタマムシシティへ襲撃してくることを!
ゆえにエリカは手筈を整えアリスを全力で守護するため、彼女を慕う者たちに一度は捨てた思い出を、再び咲かせてみせた。
ナツメ「戦うのは好きじゃないけれど……守るためだったら厭わないわ!」
ートキワジムー
サカキ「俺に刃向かうというなら、痛い目に遭ってもらうぞ。エリカ」
ジムの屋上に設置されているヘリポートへと向かう黒ずくめのスーツ男がひとり。
それを見送る、次期幹部候補の者達。
アポロ、アテナ、ランス、ラムダ、バショウ、ブソン、ビシャスの七人が敬礼をしながらサカキへの忠誠を誓って見せた。
彼等が暗部から再びロケット団再建のためアリス達と対抗するのはまた別の機会ーーー
ーチョウジアジトー
ヤナギ「ムチャしおるわ」
原型も留めていない監禁室の檻を見て、感嘆を漏らす。
床には痛々しい赤き血痕がいくつも飛び散っており、デリバードは凶弾に倒れていた。
彼はデリバードをモンスターボールへ収納しボールをひと撫ですると、にやりと鼻で笑って血の跡を視線で辿りながら呟く。
ヤナギ「決戦の地は、ロケット団因縁の場所とはの……陳腐なシナリオよな」
そして英雄たちは
タマムシシティへと集結した
次回に続く!
EXIT